それからはお互い黙々と食事をした。
私もそうであるように、彼も聞きたいことや何を言ったら良いかを考えているのだと思う。
どうして私の庭に倒れていたのか、体調は大丈夫なのか、何でそんな格好しているのか、エースが好きなのか。
いえ、最後の質問はおかしいわね。
とりあえず、聞きたいことは山ほどある。
「まずは、俺を助けてくれありがとう…!!」
あらかた机の上の料理が片づいたところで、彼は不意にそう切り出した。
机に両手をついて勢いよく頭を下げる。
机に頭があたって、ゴンっという鈍い音がした。
「え、あ、ちょっと大丈夫!?いいから、頭上げてよ!」
「本当にありがとう…!」
頭を上げた彼は、今度は私の目を真っ直ぐにみて、感謝の言葉を口した。
真っ直ぐな瞳にドキマギしてしまった私は悪くないと思う。
「と、とりあえず、どうしてあそこに倒れていたの?」
「それが、俺にもサッパリ分かんねぇんだ」
「記憶がないってこと…?」
「いや記憶はあるんだが、その…」
言いよどむ彼に首を傾げる。
彼は言おうかどうしようか迷ったように視線をさ迷わせていたが、意を決したようにこちらを見つめてきた。
その強い瞳に惹きこまれてしまいそうになる。
「死んだはずなんだ」
「へ?」
「嘘だと思うだろが、俺は死んだはずなんだ。確かに赤犬の攻撃を受けて体に穴が空いた。痛みも出血が酷かったことも、死ぬ感覚も全部覚えている。夢じゃないはずだ。なのに痛みもないし、穴は塞がっているし、何より生きてる。意味が分かんねぇんだ…」
お腹の火傷跡に触れながら、切々と語るその姿に偽りなんて感じなかったが、だからこそ混乱した。
今、赤犬って言った?言ったわよね?
聞き間違いじゃないわよね?
「ちょっと待ってもらっていいかしら…?」
「あ、悪ぃ。信じられないのは分かって――」
「あ、いえ、そのことを信じる信じないは別としてね、もっと根本的なことが信じられないというかなんというか混乱してるのよ」
混乱しながら話を止めた私に、彼は困ったように笑った。
彼は死んだ人が生き返ったという話に驚いていると思っているみたいだが、問題はもっと深刻だ。
だって、まさか、そんなことって…
有り得ない。
有り得ない。
有り得ない、けど、
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、考えずにはいられなかった可能性が再び胸を突いた。
駄目。夢を抱いちゃ駄目。
「有り得ないとは思うけれど、貴方の名前は?」
「おお、すまなかった!名乗りもしないで。俺もかなり混乱していたらしい。俺は、エース」
「嘘でしょ!?」
名前を聞いた瞬間、思わず私は立ち上がって叫んでしまった。
期待するなんで馬鹿みたい。
「え!?何がだよ!?」
「ちょっと待って。頭を整理する時間が必要だから、おかわりでもして待ってて頂戴」
「お、おう」
いきなり名前を否定された彼は驚いていた。
そりゃそうだろう。名乗っただけで、初対面の人に否定されたのだから。
それは分かっているのだけれど、今は考えをまとめたかった。
空になっていた彼のお茶碗にご飯をよそって渡す。
戸惑いながらも受け取った彼は、私の言葉通り何も言わず食事をしてくれた。
それに感謝しながら、思考に沈む。
目の前にいる男は何者だ。
いや、エースと名乗った。だがそんな訳はない。
そりゃそうだ。エースは漫画の中のキャラクターだ。
現実にいるはずのない人物だ。
二次元だ。
そりゃ彼を拾ってから何度も、本物みたいだと、本物であれば良いと思ったが、現実的に無理だということを知っている。
そうよ。無理なことなのよ。
期待してはいけないことなのよ。
馬鹿げた考えなんだから。
だがしかし、何かが貫通したような火傷跡といい、先程の寝言といい、その見た目といい、彼がエースであると考えた方が納得いくことばかりが思い浮かぶ。
確かめたい。この人が本物なのかどうなのか。
私の馬鹿な考えを一蹴して欲しい。
私の願いが叶って欲しい。
この夢を打ち砕いて欲しい。
夢が叶って欲しい。
両方の気持ちが入り混じっていて、破裂しそうだ。
どうしようもなく苦しい。
「白ひげは――」
だから私は、その単語を出して、どんな反応が返ってくるか試したかっただけだった。
だが、
「お前…っ親父のことを知っているのか!!?親父は今どうしてる!!?あの戦争はどうなった!?ルフィは!?他の皆は!?」
勢いよく立ち上がった彼は私の方へ回り、必死な形相で私の肩を掴んだ。
力加減が出来ていないのか、掴まれた肩はギリギリと痛むし、爪も食い込んできてる。
私が驚きに目を見開こうが、痛みに顔を歪めようが、この人には見えていない。それくらい必死なのだ。
「みんな俺のせいなんだ…っ。頼む、教えてくれっ!!」
ポロポロと流す涙は綺麗で、嘘なんて混ざっていなかった。
こんなに必死な姿を疑うことが出来るだろうか。
演技であるはずがない。
腹を括ろうじゃないの。
私は大馬鹿者でいい。
大馬鹿者でいいから、この夢みたいな現象を信じたい。
この男は本物のエースなんだ、と。
肩を掴んでいた手を逆に掴み返す。
当たり前だが、触れるし質量もあるし温かい。
正面からエースの顔を見つめる。
「本当にエースなの?」
「ほ、本当もなにも、俺はエースだけど…」
「火拳のエース?」
「?お、おう」
「白ひげ海賊団2番隊隊長?」
「?だから、何だ?俺がどうかしたのか?」
目に涙を溜めた状態で、何回も聞き返す私に困ったように笑うエースを見て、涙腺が崩壊した。
ああ…、どこからどう見ても私の大好きなエースだわ。
「うわああああああああああっ」
「え?えええ!!?」
「うわああああああああああっ」
「ど、どうした!?何でだ!?」
「だって…っだって…っ」
「何だ!?」
「っく、生きて…っ生きててくれて…っ」
「お、おいっ!!?」
「よかっ、よかったよおお、うわああああああああっ!!!」
「!!」
驚きで肩を押さえている力が弱まったのを感じて、腕をエースの首へと回して抱きつく。
私が貸した服なのだから、と気にせず肩に顔を押し付けてぼろぼろと泣いてやった。
あんだけ人を悲しませたのだ。
これくらいは我慢してもらおうじゃないの。
本人には全く罪のないことを理由に思う存分泣き叫んだ。
「ひっ…く、っく」
「お、おい。大丈夫か?もう落ち着いたか?」
ぽんぽんと撫でてくれる手が暖かくて、再び涙が溢れた。
「っく、ううっ、うわああああああああああっ」
「まいったな。こりゃ…」
私が落ち着くまで、エースは背中を撫でてくれた。
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