「なによ、これ…」
男性は血に塗れていた。
慌ててタオルとお湯を用意して、血を拭い、傷の有無を確認する。
タオルはすぐに血で染まった。
まずは比較的血が少ない腕や足から拭ったが、何も傷はなかった。
傷はなかったが、刺青を発見した。
ASCEと書かれた文字のSに×がついている、特徴的な刺青。
その刺青からこの男性はオタクであるという微妙な情報は入手することが出来た。
そして刺青のおかげで、上裸の謎も解けた。
コスプレイベント帰りかしら?
でも、コスプレイベントで何故血に塗れるのよ。
これもしかして血糊だったりするのかしら?
気になったので、薬箱からオキシドールを持ってきて、タオルにかけてみたら、しゅわしゅわと発泡した。
「…血、ね」
どうやら、この血は本物らしい。
謎は深まるばかりである。
というか、何悠長なことをやっているのよ私は。
気を取り直して、一番大きく汚れているお腹も恐る恐る拭った。
拭っている途中で、思わず手を止めてしまった。
何故なら、この男性のお腹には大きな火傷の跡があったのだ。
火傷跡なので、出血の原因ではないと思われるが、それにしても何かを押し当てられないとつかないような円形の跡に、冷や汗が垂れる。
根性焼きってやつかしら…?
こんな格好しているけれど、ヤのつく人だったらどうしよう!!?
もしかしなくても、これ返り血とか…
有り得なくはない可能性に、血の気が下がる感覚がした。
それでも、途中で放り投げるのは自分の性格上出来なかった。
恐る恐る拭うのを再開する。
義理人情を重んじてくれるタイプの人だったら良いのだけれど…
結局お腹側の上半身を拭うのにタオルを2枚ほど犠牲にしたが、出血の原因になるような怪我は何もなかった。
大きな火傷跡と割れた腹筋がはっきりと見えるようになっただけだった。
このお兄さん、いい体をしてやがるわね。
我ながら単純な奴だと思ったが、好みの筋肉を持つこの人に対して少し恐怖が和らいだ。
背中の血も拭うために、そっと体を反転させる。
背中にもお腹側同様、たくさん血が付いていた。
返り血だとすると後ろ側についているのはおかしい。
乱闘していたのかしら?
だったら、この人が1人で倒れているのはおかしな話だが、乱闘した後に別任務とかで仲間と別れたのかしら?
などと推察しながら、拭う手を動かす。
が、すぐこちらも手を止めざるを得なかった。
「嘘、でしょう…?」
なんと背中にも、お腹と同様の火傷跡があったのだ。
確信はないが、位置も同じ場所だと思われる。
まるで何かが貫通したみたいだ
だがそんな訳があるはずがない。
もし何かが貫通したとして、この傷跡の大きさからしてダメージを受ける内臓の範囲が大きすぎる。
生きているはずがない。
なんなのよ、この傷…。
「赤犬に体を貫かれたら、こんな風な傷が出来るかしら…」
思わずそう考えてしまって、慌てて頭を振って考えを飛ばす。
あまりにも完璧に似すぎていて、エースかもしれないなんて一瞬でも思った自分が恥ずかしかった。
やだやだ。
こんな年になってもつい異世界トリップとか普通に考えちゃうから、オタクって怖いわ。
有り得ないことを三次元に求めては駄目よ。
あれは二次元だけのものだもの。
いい大人なんだから分別をつけないと。
気を取り直して、作業の手を進める。
こちらも2枚タオルを犠牲にして拭いきったそこに、出血の原因になるような傷はなかった。
傷はなかったが、背中にも刺青。
もちろん昇り龍でも虎でもなく、白ひげのマークだ。
もうここまできたら、逆に感動である。
よくぞここまで思い切ったなという気持ちでいっぱいだ。
刺青をしているとなると、益々疑惑は募るばかりである。
オタクなヤのつく方なのかしら。
だがしかし、これでは凄むどころか、笑われそうな気がする。
多分、お馬鹿さんなのだろうと、勝手にこの人のキャラに当たりをつけてみた。
恐怖がだいたい抜けてきたところで、再び仰向きに戻して、最後に汚れていた顔や髪の毛も拭ってあげる。
と、
あらビックリ。
イケメンのお兄さんが出来上がった。
そして、とてもクオリティの高いコスプレだった。
というか、元がすごく似ている人だったようだ。
癖っ毛の髪はウィッグかと思っていたのだが、取れなかったので、どうやら地毛のようだし、顔もタオルで拭ったのに、化粧がとれた形跡はない。
まさかのそばかすすら自前とは、恐れ入る。
もはやエースコスをするために生まれたような人だった。
さすがにこの状態で写メを撮ったら変態かなとも思いつつ、
起きたときに撮らせてもらえなかったら嫌なので、こっそり写メにおさめさせてもらった。
ここまでケアしてあげたんだから、これくらいいいでしょう。
個人的に眺めて悦に浸るだけだし!
まあ、完璧に盗撮なのだけれどね!犯罪なのだけれどね!
良い子はマネしちゃダメなやつだからね!
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