「ようやく去ったか」
事前に記者が尾行してくるであろうことは伝えていたので、何も問題はなかったが、とても疲れた様子の左陣さんに申し訳なくなってきた。
「すみません」
あいつ次会ったら殺す。
左陣さんを困らせたあの記者に更なる怒りをつのらせたのだが、どうやら違ったようである。
「貴方がこの隊舎を壊さないか心配してたんでしょう」
長次郎さんの指摘に頷く左陣さん。
え、原因は俺だったのか。
「え、俺そんなに不機嫌に見えました?」
「ええ。これ以上あの記者がいたら、何発かぶっ放しそうなくらいには」
そんな風に見えていたのか。
あれでも、二人ととーしろーがいる手前、だいぶ抑え目にしていたのだが…
「・・・何をそんなにイライラしてたんですか」
「だって、あいつの下手な尾行に気付かないフリすんの疲れたし、それに俺が迷ってた時助けもしなかったし……、何よりとーしろーを盗撮したのが許せんっ!!」
俺としては、相手を嫌いになるには十分な理由だったのだが、何故か三人ともが溜息を吐いていた。
解せぬ!
「日番谷隊長もご苦労様です。ご一緒にいかがですか?」
「すまない。仕事を残しているので、また今度誘っていただきたい。それに俺がいては狛村隊長もお茶を楽しめないだろう」
「お気遣い痛み入る」
頭を抱える俺を無視して、三人は楽しそうに会話を交わしている。
というか待って。
「とーしろー・・・っ!!」
なんていい子なの!この子!
俺は我慢出来なくなって、とーしろーを抱き締めた。
そして長次郎さん達に自慢をする。
「ねえっねえっ!いい子でしょう!すっごくいい子でしょう!」
「ふざけるな。抱きつくな。離せっ!!」
「そうですね。貴方に付き合ってあげてくれている時点で、いい子であるのは確かですよ」
「確かに」
二人にそう認められてしまうと、もう二の句が告げなくなってしまった。
でも確かに自分でもそう思う。
「意外とはっきり物を言う人だったんだな」
俺にそう囁いたとーしろーは、驚いたというか新しいものを見たという表情だった。
確かに、元々あまり喋らないので、寡黙とか大人しいとか真面目とかいう印象を持たれている人達だ。
というか、今回の賭けで明らかになったように、そもそも周りからの印象が薄いのだ。
実際はなかなかの刃を持っている二人なのだが、知っている人は少ない。
左陣さんはまだ印象通りなところがあるけど、長次郎さんはぶっちゃけ、山じいに関すること以外はどうでも良いと思っているような人だし。
ざっくりさっぱり系紳士って感じ?
「そうなんだよー。俺の硝子の心はズタズタなんだよー。とーしろー慰めてー」
「ふーざーけーんーな!」
ぐりぐりと頬ずりする俺と、手で押しのけようと頑張るとーしろーとの攻防を楽しんでいたが、不意に体が浮いて体が離された。
左陣さんが強制的に俺を引き剥がしにかかったようだ。
「更紗、それ以上、日番谷隊長に迷惑をかけるのはよせ」
「はーい。左陣さんがそう言うなら…」
とーしろーから離されたのは残念だが、背中に感じるふかふかとした感触を楽しむ。
背中だけじゃ足りなくて、体を反転させて左陣さんに抱きついて全身で堪能する。
「なるほど。今後こいつに困ったら、雀部副隊長か狛村隊長に直訴すれば良いのか。良いことを知った」
「いつでもお待ちしていますよ」
聞き捨てならないやり取りに慌てて顔をあげると、こちらを見てくすりと長次郎さんが笑ったのが見えた。
俺には分かる。あれは何かを企んでいる顔だと。
「でも、日番谷隊長のことはとても気に入っているようですので、隊長の嫌がることは絶対しません。安心してください」
「…それはなんとなく理解している」
「気の使える良い子ですよ」
「全面的に肯定は出来ないが…まあ、そう思える時もある」
長次郎さんの人柄のおかげなのか、いつになく素直なとーしろーに、俺は感動していた。
長次郎さんを見ると、そんな俺の視線に気付いて片目を瞑ってみせた。
さすが長次郎さん!!素敵っす!!いい仕事してるっす!!かっこいいっす!!
「それでは失礼する」
「とーしろー道案内ありがとな」
見送りのために左陣さんから離れてとーしろーに駆け寄ると、手でかがめという指示を出された。
疑問に思いながらも、素直に身をかがめると、両手で頭をわしゃわしゃと掻き乱された。
「さっきの仕返しだ。帰りはちゃんと送って貰えよ」
「・・・」
スッキリしたのか、とーしろーは、にいっと笑って立ち去っていってしまった。
その後ろ姿を見送りながら、俺の内心は大暴走だった。
何それ何それめちゃくちゃ可愛かったんですけどっ!!?
あの駄目記者、盗撮するなら今だろ!!?何やってんだよっ!!何で帰ってんだよっ!!
あああもうっさっきの保存してもう一度見たいっ!!!
「ほら、いつまで悶えているつもりですか。お茶会しますよ」
「…ごめんなさい。今再起不能でして」
長次郎さんが声をかけてくれるたが、あまりの衝撃に俺は床の上で息絶えていた。
しばらく起き上がれる気がしない。
「残念ですねえ。せっかく洋菓子を入手してきたというのに」
だがしかし、洋菓子という単語を聞いて、ピクリと体が動いた。
それが見えたのか、長次郎さんは更に追い討ちをかけてきた。
「ちゃんとお土産用に花太郎くんの分も用意してあるのですがねえ」
何回か前のお茶会の時に長次郎さんが洋菓子を入手してきてくれて、それを花太に持って帰ってあげたことがある。
花太はとても美味しいといって、蕩けるような笑顔を俺にくれたんだ。
それがどれだけの癒し効果を俺にもたらしたことか…!
それ以来、長次郎さんが洋菓子を入手した時は、花太の分もお願いしていた。
むくりと起き上がって、茶器の準備する。
持ってきた荷物から、紅茶の缶と日本茶の袋を取り出す。
「お茶淹れますね!いい紅茶の葉っぱを買ってきて貰ったんですよ!」
とーしろーも大事だが、もちろん花太も大事である!
「おや、これは」
「長次郎さん、この店のお好きでしたよね?」
「よく覚えていましたね」
「長次郎さんの事ですから!」
「左陣さんには緑茶入れますね。白坊のところから貰ってきた茶葉が美味しいんですよ!」
ポットとカップを温めてから、紅茶の葉を入れお湯を注ぐ。
布を被せて、大きめの砂時計をひっくり返す。
紅茶の淹れ方は長次郎さんのために覚えて、美味しくなるように追求した。
美味しく淹れられるようになってからは、紅茶を淹れるのは俺の仕事になっていた。
紅茶を蒸らしている間に緑茶の準備も進める。
湯のみに入れて少し冷ましておいたお湯を、茶葉を入れた急須に注ぎなおす。
緑茶はすぐなので、小さめの砂時計をひっくり返して、じっとそれを待つ。
「茶菓子の準備は整いましたよ」
「はーい。こっちももう終わります!」
緑茶を湯のみに注いで、左陣さんへと運ぶ。
左陣さんはもう被っていた笠を脱いでいた。
ふかふかの耳を触りたい衝動をこらえながら、紅茶の方に取り掛かる。
紅茶の方の砂も落ちきったので、長次郎さんと自分の分の紅茶を注いで運んだ。
「いい香りですね」
「今年のは特に良い出来らしいですよ」
紅茶の入ったカップと紅茶の缶を長次郎さんに渡すと、代わりに洋菓子がいくつか入った袋を渡してくれた。
花太へのお土産獲得成功!!
なくさないように、大事に荷物へとしまった。
「今日も美味しいですね」
「ありがとうございます」
「貴方の面倒を見るのはもう嫌ですけれども、この紅茶だけは一番隊に欲しいですねえ」
「ええ!!?俺自身は求めてくれないんですか…!!?」
「冗談ですよ。まあ、卯ノ花隊長から貴方を奪うことなんて出来ませんがね」
その言葉に左陣さんも、勿論俺も頷いた。
なにせ、一番隊に保護されてから他の隊に勧誘されることが多かった俺を、それら全てをこっぴどく蹴散らして獲得したのがれっちゃんだ。
まあ、俺もれっちゃんのことが嫌いじゃなかったから、成立した話だが。
いや、ほんと、あの人ほど見た目で判断したらいけないと思った人はいないな。
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