「更紗さん、お茶をどうぞ!」
「今日はこちらの方にお座りください!」
「本日のお茶菓子はたい焼きでございますっ!」
仕事も一段落ついたところで、この三日間で恒例となっている休憩時間となった。
執務机を一箇所に寄せて大きな机とし、隊員がみな集まってする茶会である。
本来決まった休憩時間はないそうだが、俺と話しがしたいという隊員たちが急遽企画したらしい。
俺としては、とーしろーを構う時間が増えて万々歳だ。
企画したやつを労ってやりたいぐらいだ。
「とーしろー、おいでー」
指定されたところへ座り、まだ立っているとーしろーを膝を叩いて呼ぶ。
勿論、俺の上に座らないかという主張である。
溜息を吐きながら、こちらに寄ってきたとーしろーは膝に座る――
「男の膝の上に座って、何が楽しい…」
――訳はなく、俺の右隣りに座った。
三戦三敗である。
「俺が楽しい」
「俺は楽しくないって言ってるんだ!!」
「…お、女の方が良いっていうのか…っ!!」
「え、そうなんですか?じゃあ、隊長私のとこ来ます?」
「行くか馬鹿!!」
泣き崩れる俺と悪乗りしてきた乱ちゃん、二人して怒鳴られる結果となった。
怒鳴ってくれるようになっただけ、良しとするか。
ご機嫌を取るため、どら焼きを一口サイズにちぎり、とーしろーの口へと運ぶ。
「まあまあ、機嫌直して。どら焼きあげるから」
「…元からそれは俺の分だ」
「はい、あ〜ん」
「・・・」
この三日間での成果は、素直に食べてくれるようになったところです!!
例の慣れれば良いってやつを実践しているみたいで、ちょっと頬を赤らめながらも何でもない風を装って食べてくれるとーしろーの可愛さは本当に癒やしの一言に尽きます!!
「あんたたち、せっかく企画したのに、この三日間隊長に更紗取られっぱなしでももいいの?」
乱ちゃんの言葉に、そういえばこれは俺と喋るために企画された会だったんだっけと思い出した。
いや、ほら、俺って今はとーしろーしか見えてないからさ。
そこまで興味はないが、隊員たちの返答を待ってみると、
「自分はぶっちゃけあの顔をずっと眺められていられたら、それだけで良いっす!」
「隊長相手だからこその、あの油断しきった笑顔がいいんです!」
「幸せそうな顔を眺めているだけで構いません!」
「というか、綺麗なものと可愛いものを同時に眺められて最高です!」
「むしろ、もっと見ていたいくらいです!」
「あ、そう」
あの乱ちゃんが気圧されるくらい、隊員のみなさんは興奮していた。
問題は全くないようだ。
それならば無視していても良いかと、とーしろーに残りのどら焼きも食べさせてあげることに専念することにした。
「ね〜ね〜更紗〜」
「何?」
不意に左腕を引かれた。
そして異常なまでの猫撫で声と、腕に感じる柔らかな感触。
「いい加減誰か教えてくんな〜い?」
色仕掛けで迫ってくる乱ちゃんの目は、お金の色を映していた。
分かりきった理由にため息が出る。
まあ、乱ちゃんはこういうの好きそうだもんな。
「誰にいくら掛けてんの?」
「あ、やっぱりバレてる?」
「胴元が許可取りに来たからなあ」
そう。今回の俺の好きな人は誰でしょうかという噂が、そのまま賭け事に発展しているらしい。
「じゃあ話は早いわね。好きな人誰か教えて?」
「え〜どうしよっかな〜」
「お願い〜!分け前すこしあげるから〜」
必死に頼んでくる乱ちゃんに、そういえば金欠だって嘆いていたなと思い出した。
それに、分け前をくれるという提案も魅力的だ。
「とーしろーは気になる?」
「別に」
「ちょっと隊長!隊長が気になるって言ったら、更紗は絶対口割ると思うので、お願いします!」
「松本…お前俺を売るつもりか」
「いいじゃないですかぁ〜。隊長が聞き出してくれたら、私一ヶ月は仕事サボりません!」
乱ちゃんの交換条件にも驚いたが、何よりも驚いたのは、その言葉にとーしろーの動きが止まったことだった。
顎に手をあて考え込んでいる。
数秒の後、こちらを見たとーしろーの目には決意が宿っていた。
待て。乱ちゃんどんだけさぼってんだ仕事。
「…おら、とっとと教えろ」
「教えてあげるから、おいで、とーしろー!」
元から教えてあげるつもりではあったけれども、これはまたとないチャンスだと、もう一度自分の膝を叩いて主張した。
「誰が座るか!!」
「隊長!お願いします!」
「おいで、とーしろー」
「〜っ!!」
顔を少し赤らめてこちらを睨むとーしろーに、もう一押しだと、顔を近づけ目の前で微笑んでみせた。
途端に真っ赤になる顔。
それを隠すためか、一度立ち上がり、俺に背を向ける形で勢いよく膝の上に座ってきた。
俺は勝利に拳を突き上げたい気持ちでいっぱいだった。
だがそれをしてしまったら、とーしろーは逃げてしまいそうなので我慢している。
そして、とーしろーの可愛い攻撃はそれだけで終わらなかった。
その状態のまま、首を上に向けてこちらを見るとーしろー。
それだけでも可愛いというのに、
「おらっ、とっとと教えやがれ!!」
口を押さえて横を向いた俺の髪を引っ張り、間近から瞳を覗き込んできた。
白い睫毛の一本一本が見えるほどの近さから。
っっっっっっっっ!!!!!
破壊力は抜群だった。
心臓を鷲掴みにされるとは、こういうことを言うのだろう。
全身の血液の循環が異常に早くなる。
息が出来ない。
可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いっ!!!!!!!
「隊長、やりますねー」
「?なんのことだ?」
首を元に戻し乱ちゃんの方を向くとーしろーに、ようやく身体の硬直が解けた。
それとともに湧き上がる衝動のまま、抱き締めた。
「こ、このまま、お持ち帰りしたい…っ!!」
「斬るぞ」
「分かった、教える、教えるから、今の角度でもう一度…!」
「いい加減にしろ!!」
「最高…!」
抱き締めているので先程とは角度が違うが、それでも間近から覗き込んでくるとーしろーは本当に可愛かった。
「いい加減、離せ!」
「っ!ごめんごめん!」
もう少し堪能していたかったが、鳩尾に肘鉄を喰らわせられたので、手を離してあげることにした。
「じゃあ、手ぇ貸して」
本当は背中に書こうかと思ったのだが、ここまで良い思いをさせて貰ったので、また別の機会にすることにしよう。
楽しみはとっておかないと。
後ろから手を回して、とーしろーの手を取り、周りに見られないように文字を書き込む。
最初に一人目の隊の数字、次に二人目の隊の数字を書き込んだ。
二人目は、数字をひし形で囲う。
その内容に、とーしろーの目が見開かれるのが分かった。
「お前と、この人たちが知り合いというのが理解出来ん」
「よく言われるー」
おかげ様で、今のところは大穴の組み合わせだ。
「隊長、分かりましたか!?」
「あ、ああ」
「よしっ、これで勝ったわ!」
「松本、約束忘れんなよ」
「乱ちゃん、分け前もね〜」
「はーい」
まあ、俺としてはとーしろーからご褒美をいただいて、もうすでに満足しているが、お金が貰えるならそれに越したことはない。
そう考えていると、ずっと傍観を決め込んでいた隊員達が乱ちゃんに詰め寄っていた。
「松本副隊長!俺らにも答えを…」
「嫌よ。そんなことしたら取り分減るじゃなーい」
「そこをなんとか…!!」
「隊長が聞き出したんだから、隊長から教えて貰いなさいよ」
「「「「「隊長!!」」」」」
堂々と利己的な理由を述べ、更にとーしろーを再び売る乱ちゃん。
案の定、矛先はとーしろーへと向き、口々に要求を述べるものだから、収集がつかないような状態になっていた。
ふるふると震えているのが伝わってきた。
ああ、やばい。これは今日一番の雷が落ちるかもしれない。
「お前らとっとと仕事に戻れー!!」
そっと耳を塞ぐと同時ぐらいに、怒号が響き渡った。
蜘蛛の子を散らすように、慌てて片付けをして仕事へと戻る隊員たち。
「…ったく」
「お疲れ様」
「誰のせいで疲れたと思ってんだ…」
「俺だな」
重い溜息を吐いたとーしろーは、離れていくかと思いきや、そのまま俺の胸に凭れかかってきた。
労うように頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めてくれる。
とーしろーがデレた…っ!!!
猫みたいで可愛いんですけどっ!!
俺は身悶えしそうな身体を押しとどめて、激しく萌える心を悟られないように、頭を撫で続けた。
しばらくすると、うつらうつらとし出したのか、頭が揺れている。
誰よりも働いているから、疲れがたまっているのだろう。
小さい身体で無理しちゃって。
「半刻経ったら、起こせ」
「はーい」
回復用の鬼道をかけながら撫でていると、どうやらそのまま昼寝をすることに決めたらしい。
俺としては願ってもない申し出だ。
嬉々として受けた。
が、
「休憩終わったら、各隊に書類持ってけよ」
「………はーい」
代償は大きかった。
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