ガラリと鍛錬場の扉を開けると、案の定十四郎は稽古をつけていた。
もう一度言おう、俺は今日真面目に仕事に取り込んでやろうとわざわざ動いてやっているわけだ。
(忘れてたことは最早なしだ)
真面目に仕事をしてやろうと。
どこかの誰かさんのために、だ。
だがしかし、今目の前の光景はどうだろう。
「・・・あんの、馬鹿」
俺の額に青筋がくっきりと刻まれたことは、わざわざ言わなくても分かるだろう。
目の前で楽しそうに部下と打ち合っている馬鹿は、安静という言葉の意味がどうやら分からないらしい。
こいつはいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも――
だから俺は、勢いよく助走をつけて、
「十四郎っ!テメェ!誰に断って、こんなとこにいやがんだっ!?」
跳び蹴りをかました。
「ぐぶっ・・・!!」
――横にいた春水に。
春水は綺麗な放物線を描いて、壁へとめり込んだ。
そして動かなくなった。
思っていたよりも、殺意が籠もってしまっていたようだ。
・・・まぁいいや。
春水だし。
春水のことは記憶から消して、俺は数秒前まで春水がいたところに着地して、十四郎の胸倉を掴んだ。
どうせこいつは気にもしないのだろうが。
要は俺の気の問題だ。
「更紗か。久しぶりだな」
「久しぶりだな、じゃねぇよ。おい。何してんだって聞いてんだよ、俺は」
「あぁ。久しぶりに稽古を付けようと思ってな」
「稽古つけてんのは見りゃ分かんだよボケ。俺の目はそんなに悪かったか、え?何でお前が動き回ってんだって聞いてんだけど?」
「いや、最近は少し体調がいいと思ってな」
「へぇ・・・、主治医である俺に断り無しに勝手に自己判断で、体調がいいとか思いやがって動いたと?動き回りくさったと?」
やっぱりこいつにも一発拳を入れてやりてぇ・・・!
と拳を握り締めた時だった。
「そうだな。先に更紗に断りを入れるべきだった。すまなかった。次からはそうするよ」
俺の怒りなんかどこ吹く風と、目の前にいる男は躊躇いもなく素直に謝りやがった。
逆に反応に困ってしまったのは俺の方だった。
俺が怒っても、十四郎は毎度毎度同じ反応で、計算してやってるんじゃないかと本気で疑いたくなる。
ぶつけるはずの怒りが、跳ね返ってこないから、そのたびに肩透かしをくらった気分になるのだ。
いつもそうだ。
調子が狂う。
これだから十四郎は・・・。
胸倉を掴んでいた手を渋々離さざるを得なかった。
「はいはい。そうしてくれると助かりますよ!本当にね!動き回らないで大人しくしてもらえると、もっと助かるんですけどね!」
「それは嫌だ。寝てばかりだと体が鈍る」
「あぁそうですか!」
いけしゃあしゃあとこいつは我が儘を・・・。
絶対お前分かっててやってるだろ!
寝たきりにさしてやろうか、とも思ったが止めておいた。
十四郎に何かすると、地味に後が怖い。
「もう終わるから、少し待っていてくれないか?」
「・・・あぁもうっ!分かったよ!後一人分だけ許してやるからとっとと行ってこい!行って来ればいいだろっ!」
「すまないな更紗。ありがとう」
「〜っ!」
この憤りを今すぐどうにかしてぇ!
消化不良起こしそうだっ!
俺から折れてやるなんて珍しいことが、こいつは珍しいとも思わないんだろう。
それも腹立たしい!
こんなの他の奴らには見られたくないな。
特に親とか角之助とか剣八とか親とか親とか親とか。
「はぁ〜・・・」
十四郎には勝てない。
それは分かってたことだったけど・・・っ!
怒りなんて抑えれるわけねぇだろ!?
あぁ〜っ!!無駄な労力使わされた〜っ!!
くそっ!
「え、ちょっと、更紗ちゃん!?僕は放置な訳!?というか、何で僕が蹴られたの!?ねぇ!?」
溜め息を吐きながら十四郎が終わるのを待っていると、復活した春水が勢いよく駆けてきた。
ハッキリ言って真面目にこいつの存在忘れてた。
「春水、何だ生きてたのか。主治医が、患者を蹴る訳には行かないだろ?」
正直、蹴りたいと何度も思ったが。
殴りたいと何度も思ったが。
寝たきりにさしてやろうかと何度も思ったが。
一応思うだけに留めてるのでよしとする。
「それはそうだけど、僕を蹴る意味はあったの・・・!?」
「はぁ?横にいた春水が悪い」
「あらそう・・・」
諦めたように、春水はうなだれた。
俺とは長い付き合いなんだから、それくらい分かるだろうに。
十四郎に怒りがぶつけられない分、とばっちりが行くのはいつも春水の所なのだから。
「あ、そういえば」
ふとまだ聞いてなかったことを思い出して、十四郎を見る。
もちろんまだ稽古中だ。
だが、邪魔するなとは言われてない!
「おーい十四郎!なんで目印変えてくれやがった訳?おかげ様で物凄く迷ったんですケドー?」
俺は目一杯大声で叫んでやった。
せめてもの仕返しだ。
どうせ、その仕返しすら受け取って貰えないんだろうけど。
「あぁ。どうせ更紗が来たら止められるだろうと思っていたから、」
案の定奴は、稽古をつけながらも爽やかな笑顔でこっちを向いて答えやがった。
ちくしょう・・・。
「・・・で、思ってたから何?」
「それなら、お前が迷子になっている間に済ましてしまおうと思ってな」
結局終わらなかったけどな、なんて爽やかに笑うアイツの顔に今すぐ拳をねじ込みたい。
どれだけ人が迷ったか・・・っ!
分かっててやっている分、憎い。
憎すぎる。
「・・・」
「だから、何で僕を殴ろうとするのかな」
無言で突き出した拳は、今度は避けられてしまった。
もっと本気で出しときゃ良かったか。
「・・・避けるなよ」
「避けるでしょ、普通」
「ちっ」
「舌打ちしないの」
「・・・」
「睨まないでも欲しいんだけれど」
「・・・うっせぇ」
「浮竹〜」
「あ、お前、ちょ、」
「なら、大人しくしてようね?」
「・・・」
やっぱこいつら苦手だっ!!
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