◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふぅ…やっと終わった。結構時間かかっちまったな〜」
「ありえねぇ……」
目の前に綺麗に並べられたのは、俺がいくら頑張ったとしても最低半日はかかるだろうと踏んでいた書類の山。
それを四時間で…
しかも、ありえないことに全部完璧に処理されている。
何より、この早さで『結構時間がかかっちまった』ってほざいてやがる――
コイツ一体何者だ…?
「・・・」
藤城更紗。
四番隊最強(らしい)。
そのくせに席官はなし。
極度の面倒臭がり。
めったに外に出ない(らしい)。
告白したら暗殺される(らしい)。
私物が高く売れる(らしい)。
――数日前、十一番隊の奴等を負かした。
(まあこれは下っぱという話だからそんなに気にすることじゃないか)
これだけが松本の情報からとわかったことだ。
不確かなものばかり。
ああ、それと――
「とーしろー!終わったぞ?」
「…それはわかったが抱きつく必要がどこにある」
「ここにある〜。充電しないと死ぬ〜」
そう言って藤城は腕の力を一層強めた。
そして俺は、会って数時間たらずなのに諦めることを覚えた。
…この抱きつき癖はどうにかなんねぇのか?
普通の人間はまず初対面の相手に抱きついたりはしない。(自分の常識が間違っているとは思わない)
何でコイツはこんなに警戒心がないんだ。
それに何故俺にばかり抱きつく?(松本に抱きついたら犯罪だが)
というか『第二の癒し』って何だよ。
第二ってことは第一がいるんだよな……第一はいったい誰だ?
「お〜い、とーしろー?さっきから考え込んでるけど、どうしたんだ?」
「なっ、なんでもねえ!」
――それと、とても綺麗な顔立ちをしている。
心配そうに顔を近付けてきた(心臓に悪い)藤城の顔を引き離す。
ちくしょう…まだ慣れねぇ…
コイツは、自分の顔を自覚しているのかしていないのか知んねえけど、抱きつくのは危ないとか考えねぇのか?
何かあったらどうするつもりだ。
・・・
何で俺がコイツの心配をしなきゃなんねぇんだよっ!!
何だかよくわかんねえけどイライラする。
「おら、六番隊に行くんだろ。とっとと行くぞ!」
「えぇ〜。隊長、こんなにも頑張ってくれたんですから休憩くらいしましょうよ」
「「「「「そうしましょう!!」」」」」
追い立てるように藤城を連れて出ようとしたら、松本を筆頭として全員が不満を言ってきた。
さりげなく藤城を座らし、茶と滅多に出さねえ菓子まで出してやがる。
お前らいつもそれくらいのやる気を見せろ。
「藤城さんこれどうぞっ!」
「これはあの虎丸屋の限定品でして」
「お茶をどうぞっ!」
「ありがとう」
こいつらただ単に藤城のこと眺めていたいだけだろ。
そりゃ眺める価値はある顔だが。
女っぽい訳ではなく、でも男にも見えない、まさに中性的という顔。
優れた芸術家が手がけた作品のような美しさがある。
いくら眺めていても飽きないとは思う。
「とーしろー?食わないのか?」
当たり前のようにお茶と菓子を食べている更紗は、当たり前のように俺にそう尋ねてきた。
俺でも聞いたことがあるくらい噂にされているくせに、いきなり不法侵入したくせに、いきなり抱きついてきたくせに、勝手にあだ名つけやがったくせに、書類の処理はありえないくらい早いくせに、自分の隊の仕事の途中のくせに
何でくつろいでんだよ…。
もう何というか、怒る気が失せた。
「はぁ…。さっきも茶菓子食ってたくせにまだ食うのかよ。太るぞ」
一気に脱力したので、諦めて藤城の隣に腰を降ろした。
遠慮という言葉を知らないといった勢いで食べている藤城に心底呆れた。
「ん?それは大丈夫。…はい、あ〜ん」
「………なんのつもりだ」
あっさりと事も無げに大丈夫と言い切ったことが気になったけれど、それより差し出された菓子の方が当面の問題だった。
何だよ『あ〜ん』って…
*前 / / 次#