◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「更紗。貴方の噂が飛びかっていますよ」
これは食堂の事件の翌日、れっちゃん(本名:卯ノ花烈)の口から出た台詞だった。
書類仕事をしていた手は休めずに顔だけ上げて、れっちゃんを見る。
「…何で?」
「昨日、食堂でしたことをもう忘れてしまったのですか?」
昨日…
食堂…
「ああ!」
ぽんっと手を叩いた。
十一番隊の単純すぎる、むさ男達に絡まれた花太を助けたアレか。
余談だけどあの事件の後、一応揉め事起こしたし、れっちゃんに報告したら「よくやりました」と褒められた。
れっちゃんも前似たようなことやったんだってさ。
さすがれっちゃん腹黒い。
おっと、れっちゃんの黒具合については置いといて、何の話してたっけ?
あっそうだ。噂だ。噂。
「噂って?」
「そうですね。例えば『四番隊にやたらと強くて恐ろしい奴がいる』だとか」
「強くて恐ろしい、ねぇ」
当たってるような気もするけど、四番隊で一番恐ろしいのはれっちゃ――
「更紗?」
「…ナンデモアリマセン」
爽やかに微笑まれてしまえば、もう何も言うまい。
自分は大事にしないと。
くわばら。くわばら。
「その噂、私も聞いたことあります」
「勇子も?」
「僕もです」
「花太もかよ…」
れっちゃんに書類を渡しにきた勇子(本名・虎徹勇音)と俺の隣りに座っている花太が話に加わった。
知らないのは俺だけか?
まぁ噂ってたいてい本人には届かないもんだしな。
「私は他にも『悪魔』ですとか『魔女』ですとか聞きましたよ?」
「あははは。僕は『ちょっと冷たい感じがまたいい味だしている美人』とか聞いちゃいました〜」
苦笑しながらそう告げる二人に脱力した。
何でそうも内容が逆なんだ…?
というか花太の口からそういう内容なんて聞きたくなかった…っ。
花太が汚れるっ!
おのれ…どこのどいつだ。
花太にそんな噂を教え込んだのは…っ
そんな俺に追い打ちをかけるようにれっちゃんも続いた。
「『その笑顔に魅了された奴が続出』だそうですよ?」
「…ごめんなさい」
あれほど知らない人の前では笑ってはいけませんと言いましたのに、と言外に責められれば謝るしかなかった。
ばれちゃったらしょうがないか…。
結局のところ、
「噂なんて面倒臭いから勝手に言わしておけばいいっしょ」
とまあそう言うことだ。
人の噂も七五日。
「そんなことより、ちょうどいい時間だしお茶にしない?こないだいい茶葉貰ったんだよ」
「相変わらず早いですね」
「…もう量増やさないでくださいよ」
「ふふふっ。考えておきます」
少しずつ増やされて、今では普通の3倍くらいはある気がするんですけれども…
明日になったらどうせ増えているんだろうなな、と思いながら、終わった書類をれっちゃんに渡し俺はお茶を淹れにいった。
後々噂の恐ろしさを知ることになるとは当然知る由もなし。
(2007.04.12)
(2009.07.27 修正)
(2012.01.28 修正)
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