「世羅、帰るぞ」
帰りの支度もせずに机に突っ伏して潰れていると、翔が近づいてきた。
翔っていうのは、幼稚園時代からの親友で悪友で兄弟みたいなもんだ。
「翔ぉ〜、俺、まだ声出てる?」
「世羅様の可憐な美声は健在ですよ」
「棒読みで言われても嬉しくない…」
「聞いたのはお前だろ。だいたい居眠りしてたお前が悪い」
「そうだけど…」
喉を押さえながら聞いてみたら、棒読みで返された。
しかも相変わらずの毒舌。
…ていうか可憐な美声って何だよ。
「そんなことより帰るぞ」
「はーい…」
さっさと帰り支度を済ませた翔に促されたせいで、結局聞けず仕舞いだった。
とりあえず翔は相変わらず冷たいのでした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
外に出ると、空はもう茜色に染まってた。
そんな空を見上げながら、やっぱ空は秋が一番綺麗だなぁとしみじみ思う。
「なんかどっか行きてーな」
ふとそんなことが思えた。
空を見ていたら、何て言うかこうふいに衝動的な感じで。
ふと、変な夢を見たことを思い出した。
なるほど、そのせいかもしれない。
「なんだ、旅にでも出たいのか?」
ひっそりと心の中で言ったつもりだったんだけれど、翔が返してきた。
「何でいきなり?」
「いや、お前が言ったんだろうが」
「あれ?俺、声に出してた?」
「あぁ。思いっきりな」
「まじ!?あちゃー……」
どうやら普通に口に出していたらしい。
少しやばい気がする。
反省。反省。
翔は俺が凹んでいるのは気にせず、話を進めた。
「で、旅に出たいのか?」
「いや…なんか空見てたらふと思っただけで…。第一、学校あるからまず無理っしょ」
「…それもそうだな」
「寂しくなるから俺に旅に出てほしくないと」
「誰もそんなこと言ってねぇよ。まぁ、からかう相手がいないと暇にはなるがな」
「びみょ〜だな」
とりあえず、愛があるのかないのか微妙なコメントをもらっちゃいました。
それから今日の授業のこととか昨日のテレビのこととか、他愛もない話を続けながらまた空を見上げ歩きだした。
「そういえば翔〜。まだD.グレ新刊でないの〜?」
「お前それここ最近毎日聞いてるだろ。後2、3日だ。発売日は変わんないんだからそれくらい我慢しろよ」
ふっと思い出したことを聞いてみると、呆れられた。
そりゃ発売日が変わんないことぐらい知ってるけど、だけどっ、
しょーがないじゃん!大好きなんだから!
ついつい気がついたら口から出てるんだよ!
「むー……あれ?」
何となく不貞腐れた気分になって頬を膨らます。
と、視界の端に何か動くものが見えた気がした。
そこの路地裏に何かいたような…
猫かな?
気になってきょろきょろと辺りを見渡してる俺を翔は不思議がった。
「どうかしたのか?」
「そこの路地裏に今、猫がいたような…」
「猫なんてどこにでもいるだろ?」
「そうなんだけど…」
煮え切らない俺に、翔は動物好きだもんなと納得していた。
そうなんだけど、そうじゃなくて、
なんかザワザワする。
自慢じゃないけど俺こういう予感、結構当たる方なんだよな。
野生の勘みたいな?
う〜ん。猫じゃなかったのかな?
勝手に猫だと思ったけど……
気になる。
すっげー気になる!
「そうじゃん!こういう時は動いたもん勝ちだよな!!」
「…何に勝つんだ」
・・・
―あれ?俺また思ったこと口に出してた?
――出してたぞ。
なんて目で会話しながらも、俺の胸は好奇心が溢れてうずうずしていた。
「てことで、俺ちょっと追いかけてみるっ!!!」
「はぁ…。迷子になるなよ」
「大丈夫っ!!翔は先帰ってていいから!!」
翔に手を振りながら、俺は猫もどき(仮)がいた路地裏へと駆け出した。
後に
『好奇心は時として身を滅ぼす』
それを身を持って痛感したのであった。
(痛感した時にはもう遅い場合が多いんだけど)
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