「あ、ごめんなさい…立ち聞きするつもりはなかったんですけど…キミが人形だったんですね」
歌の聞こえる方へ向かうと予想通り、そこには人形はいた。
だが人形は人間だと思っていた女の方で、モヤシがそれを指摘すると、激昂して石柱を投げ出した。
あの2人はモヤシが何とかするだろう。
そんなやりとりを横目で見て、世羅を被害が及ばない端の方に寝かせた。
まだ呼吸はしている。
そこで、急いで世羅の手当てに取り掛かる。
手当てといっても、俺には世羅みたいな治癒能力はないから簡単なものしか出来ねぇが。
傷の状態を見ると、思ったよりもひどかった。
一刻も早く病院に連れて行かないと、やばいだろう。
モヤシの方は…、と見ると、あの馬鹿はこんな時に人形の身の上話なんか聞いてやがった。
時間がないというのに…!
六幻を携えて、モヤシ達のもとへ向かう。
「最後まで人形として動かさせて!お願い」
「ダメだ。その老人が死ぬまで待てだと…?」
確かに巻き込んですまないとは思う。
だが――
「この状況でそんな願いは聞いてられない…っ。俺達はイノセンスを守るためにここに来たんだ!!今すぐその人形の心臓を取れ!!俺達は何の為にここに来た!?」
「…と、取れません。ごめん。僕は取りたくない」
冷たく言い放てば、モヤシは目をそらした。
その反応にイラつきが増す。
こいつも世羅が好きなんじゃねぇのかよっ!
コイツを敵だと思ったが、とんだお門違いだったな。
モヤシは無視して、俺は人形の方へと歩みを進める。
そして、モヤシとすれ違うときに呟いた。
「犠牲があるから救いがあるんだよ、新人」
そう、犠牲があるから救いがある。
だから俺はこいつらを犠牲にしてアイツ――世羅を助ける!
人形に六幻を向ける。が、
「じゃあ、僕がなりますよ。僕がこのふたりの『犠牲』になればいいですか?ただ自分達の望む最期を迎えたがってるだけなんです」
モヤシが立ちふさがり、綺麗事を並べだす。
「それまでこの人形からイノセンスは取りません!僕が…アクマを破壊すれば問題ないでしょう!?犠牲ばかりで勝つ戦争なんて、虚しいだけですよ!」
思わず殴っていた。
その衝撃が背中の傷にさわり、挫けた。
それでも怒りがおさまるわけはないので、そのまま座った状態で続けた。
「とんだ甘さだな、おい…可哀相なら他人の為に自分を切売りするってか…?テメェに大事なものは無いのかよ!!!」
頭に血が昇る。
自己犠牲なんて馬鹿げた自己満足のための偽善論だ。
それで残された奴はどうなる?!
こいつも、…世羅も分かっていない!
ただ、怒鳴りつける俺とは対照的に、モヤシは落ち着いていた。
「大事なものは…昔失くした。可哀相とかそんなキレイな理由、あんま持ってないよ。自分がただそういうトコ見たくないだけ。それだけだ」
悲しみを帯びたその声に、らしくもなく、自分の言ったことに対して舌打ちしたい気分だった。
失念していた。
呪いをうけた奴が普通の生活を送っているはずがない。
「僕はちっぽけな人間だから、大きい世界より目の前のものに心が向く。切り捨てられません。守れるなら守りたい!ララも…世羅もっ!!」
それでも譲れないから、なおも続けるモヤシに何か言おうと口を開いた。
とその時、袖がひっぱられた。
目をやると世羅が目を覚まして、いつのまにかこっちまで来ていた。
何故か泣きそうな顔をしている。
「ユウ…。俺から…も、お願い。……ララ…の、好きに、させ…て…やって?」
どこまでも、自分ではなく他人を思いやる意志の強い目が、俺を見る。
――嗚呼。そういえばコイツも馬鹿だったな。
思わず口元が緩む。
ここで、こいつらを無視して人形からイノセンスを取れば、世羅は傷が広がるのも気にせず無茶をするだろう。
なら―――
そう考えたときだった。
「グゾル…」
隙を狙って、人形達がアクマに連れ去られてしまった。
とんだ失態だな…
モヤシが伸ばした手は届かなかった。
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