名前 side: 神田    [ 39/159 ]

どうして




どうなってやがる


なんで



何で








何でアイツが血塗れになって倒れている…っ!?














俺はイライラしていた。

人形は逃げやがるし、左右逆のモヤシが現れるし、

何よりすぐ戻ると言ったアイツはまだ帰ってこない…。


そんな時、左右逆のモヤシが現われた。

ちょうどいい。
こいつを斬れば、多少はすかっとするだろう。

そう思った。




「どうやらとんだ馬鹿のようだな」



六幻を構える。


――こいつを斬り捨てたら、アイツを探しに行くか。


そんなことも考えた。



「災厄招来!界蟲一幻!!!」


これで終わりだと思った瞬間、何かが俺の邪魔をした。
白い異形の手――モヤシのイノセンスだ。



「モヤシ!!どういうつもりだ、テメェ…!!なんでアクマを庇いやがった!!!」



やっぱりコイツ、伯爵の仲間か!

疑惑が満ちる。
が、


「神田。僕にはアクマを見分けられる『目』があるんです。この人はアクマじゃない!」


だがモヤシが言ったのは全く違うこと、アクマをアクマではないと。



なら一体…



「トマ!!?」

「何…っ」


モヤシが左右逆のモヤシの顔の皮をめくると、トマが現れた。




ということはトマだと思っていたものがアクマっ――





「そっちのトマがアクマだ、神田!!!」





モヤシの声よりも早く振り向いた時に見えたのは、アクマの手と

        、 、
目の前を横切る何かだった。



ガードも出来ないまま壁にぶちあたり、何枚か先の壁で止まった。
そのままずるずると床に崩れ落ちる。

背中が焼け付くように痛かった。



が、予想していた次の攻撃が来なかった。





おまけにこの場にそぐわない台詞が交わされる。
いるはずのない声が聞こえる。

胸騒ぎがした。

ありえない…っ、こんな所にいるはずが…っ!!




「アレェ?ナニお前?」

『ハロー、アクマさ、ん?さぁ…、俺は何だろう…ね?俺が、知りたい…くらい…だ、よ』



苦しそうな聞き慣れた声。

ありえない…

何で



何で…




目を開けて見えたものは――






「まぁいいや。お前から死ねよ」

『ぅぐっ…!』




血を滴らせながらゆっくりと、それはゆっくりと倒れていくアイツの姿だった。



なんで…




「お前ぇえぇえ!!!」


モヤシがアクマをぶっとばしたのが見えたが、何も理解出来なかった。
薄暗い地下なのに、アイツの血の色だけが、赤色だけが、鮮明に刻まれていた。
俺は背中の痛みなんか気にせずアイツに駆け寄った。



なんで…



止まらない激情が溢れてくる。



「なんでお前がっ…お前がここにいるっ!!!」



返事はない。
息はしているが、それは今にも止まりそうなほど、弱々しかった。

華奢な身体は消えてしまいそうに、頼りなかった。



「神田!!えっ、世羅…っ?!」



アクマをぶっとばして、こっちに駈けて来たモヤシが驚き慌てていた。
モヤシもコイツが来たことに気付かなかったようだ。
ただそんなモヤシのことなど眼中になかった。

ただ、ただこいつが、世羅が心配で――



「おいっ!お前っ!!…っ

 世羅っ!!!」



ずっと照れ臭くて呼んだことがなかった名前を初めて呼んだその時、閉じた瞼がぴくりと動いた。
ゆるゆると微かに開き、自分よりも黒い瞳が現われた。



「やっと、名前…」


こちらに伸ばされる白い腕。


「やっと名前、呼んでくれた。…嫌われ…ちゃったのか、心配、してたんだからな…?」


そう言って世羅は、焦点の合わない目で俺を見て、

笑いやがった。



こんな時までヘラヘラしててどうすんだ…っ!!


何でこいつはこんなに―――




「何で羽根で防がなかったんだっ!?」

「だって…、あのアク、マに、写されたら…面倒かな…って」

「馬鹿か…っ!!」


そんなことくらいで俺は負けねぇと言ってやりたかったが、その前に横から誰かが割り込んできた。



「世羅っ!!どうしてっ!!とりあえずどこか手当てできる場所にっ!!」


モヤシも泣きそうな顔をしている。
そんなモヤシにもアイツは手をのばした。



「アレン、あの探索部隊の、人…は、大丈夫だよ…。良かったね、トマ」



最後に少し離れた所に倒れているトマに笑いかけたところで、力尽きたように手が下ろされた。
急いで呼吸を確認すると、まだ息はあった。

俺は世羅を抱き上げた。
モヤシはトマを持ち上げていた。




「早くっどこかにっ!!」

「わかっている!!」



あてもなく歩きだす。




ほんとに馬鹿だコイツは…

痛いくせにヘラヘラしてやがるし、人の気遣いばっかし…




そこまで考えて、自嘲の笑みがこぼれた。



はっ…一番の馬鹿は俺じゃねぇか…好きな奴を守れねぇで、逆に守られたんだからな



――…そして





こんな状況で自分の気持ちに気付くなんてな…――


馬鹿だよ…





その時、耳に入ってくる音があった。



「?」

「歌…?歌が聴こえる…」


モヤシにも聴こえているということは、少なくとも幻聴じゃないか。



マテールの人形の話が甦る。
モヤシも分かっているだろう。


頷いて歩きだした。






哀しげな歌に向かって…―――


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