周りの景色が目まぐるしく過ぎ去っていく。
汽車に飛び乗ったときと同じ状況だったが、今は楽しんでいる余裕はなかった。
汽車を降りた俺達は、マテールへと急いで向かっていた。
先程からトマさんの無線が繋がらなくなってしまったからだ。
何かが起こっている。
嫌な予感がする…
それは誰が呟いた言葉だったか。
マテール編が始まってしまった。
「マテールの亡霊がただの人形だなんて…」
トマさんの説明を思い出したのか、アレンが呟いた。
漫画で読んだ通り、マテールの亡霊の正体は人形だった。
何も変わらない。
可愛そうで健気なあの優しき人形のことも、おそらくは…
漫画ではそこまで覚えていなかった資料の内容はこうだった。
―――岩と乾燥の中で劣悪な生活をしていたマテールは『神に見離された地』と呼ばれていた。
絶望に生きる民達はそれを忘れる為、人形を造ったのである。
踊りを舞い、歌を奏でる快楽人形を。
だが結局、人々は人形に飽き外の世界へ移住。
置いていかれた人形は、それでもなお動き続けた。
500年経った現在でも…――
人間と生きる時間の違う人形。
500年の寂しさなんて俺には想像もつかない。
勝手だよな。
勝手に造りだして勝手に捨てて…
でもそのおかげでグゾルはララに会えたわけで…
あぁもうっ!すっげぇ複雑っ!!
きっと捨てられなかったら捨てられなかったで、幸せな未来が待っていたのかもしれない。
きっと出会わなかったら出会わなかったで、別の出会いがあったのかもしれない。
グゾルと出会わなくても、ララに幸せな未来が待っていたのかもしれない。
500年の寂しさとグゾルとの幸せな日々、天秤にかけたらどちらが傾くのかは分からない。
それでも、別に俺は運命論者じゃないけれども、あの2人は出会うべくして出会ったんだと思う。
俺がただ単にそう思いたいっていうだけなのかもしれないけれども。
「!!」
「ちっ。
トマの無線が通じなかったんで急いでみたが…殺られたな」
「・・・」
ゾワリと全身の毛が逆立つのを感じた。
空気がピンと張り詰めている。
そしてすぐにマテールの街を見下ろすことが出来た。
すごく嫌な感じがする。
寒気を感じるような、冷たい空気。
これが殺気…?
冷や汗が溢れた。
馬鹿だった。
任務だと浮かれていた俺は馬鹿だった。
ようやく実感が沸いてきた。
これが任務なのだと。
これが命を賭けるということなのだと。
それと同時に、どれだけ自分が安穏と生きていたのか思い知らされた。
体が震える。
嫌だ。
怖い。
「始まる前に言っとく。お前が敵に殺されそうになっても、任務遂行の邪魔だと判断したら、俺はお前を見殺しにするぜ!戦争に犠牲は当然だからな変な仲間意識持つなよ」
「嫌な言い方」
ユウがアレンに言った、冷酷だけどある意味間違ってはいない言葉。
戦いの中にいるんだと改めて実感した。
『まあ、あいつが見捨てても俺が助けてやるから安心しろ』
(黒燿…)
『お前は戦いに来た。怯えに来たわけじゃない。そうだろ?』
そうだ。俺はここにいる。
武器を持って、戦いに来たのだ。
そう自分に言い聞かせると、恐怖が薄れた。
それに俺は、1人でここに来たわけじゃないのだから。
「俺、二人の足手纏いにならないよう頑張るから!!」
そう宣言した瞬間、街の一角が破壊された。
それを見た俺は咄嗟に白翼を発動し、飛び出していた。
もう恐れも何もなかった。
ただ、助けたいその思いだけだった。
多分ユウが怒鳴っていると思うが、もうその声は俺には届かなかった。
白翼は音速を誇る。
一瞬でアクマのもとへ辿り着き、アクマに踏み潰されそうになっていた人を助けることが出来た。
だが、まだ予断を許せる状態ではない。
もうすでに何発か攻撃を受けていた体はすぐに治療が必要だった。
だがしかし目の前のアクマがそう簡単に逃がしてくれるはずもないので、どうしようかと考えていた時、アレンが目の前のアクマに突っ込んでいった。
「アレンっ!!」
だがアレンは、そのアクマを倒すことなく、逆に蹴り飛ばされてしまった。
急いでアレンの方に向かおうとしたが、アレンは大丈夫だと自分に言い聞かせ探索部隊の人を抱えて飛び上がる。
「閃刃!」
邪魔するようにアクマが目の前に現れたので、閃刃で切り裂いて先に進む。
視界にもう1体アクマを捕らえたが、ちょうどユウが倒した所だった。
安心して結界の近くに降り立ち、探索部隊の人を地面に寝かしてあげる。
息はまだある。
最後に頭を踏み潰されなかったのが良かったのか、まだ助かりそうだった。
「癒しの炎っ…!」
助けたい一心で発動すると、淡い光がその人を包み込んだ。
力の加減がわからないため、どこまで治せたか正直なところ分からない。
見たところ外傷は全部治せたと思う。
内臓の怪我は治ったんだろうか…。
あれだけ痛めつけられていて、しかも吐血しているのだから内臓が傷ついていないはずはなかった。
心配になったため、もう1度発動して具合を見ようとしたとき――
「ぁ、れ…?」
体が傾いた。視界が揺れる。
初めて使ったからか…。
どうやら力の配分が上手くいかなかったようだと、焦る反面残った冷静な思考がそう考えた。
予想以上の疲労感に目眩がする。
倒れると思い身構えたが、後ろからしっかりとした手が支えてくれた。
――ユウだった。
「ユウ…?」
ユウはそのまま探索部隊の人に話し掛ける。
「あの結界装置の解除コードは何だ?」
「き、来てくれたのか……エクソシス…ト」
意識を取り戻したその人はまだ苦しそうに言葉を発する。
喋れるなら大丈夫だよな。
ほっとして力を抜いた。
良かった。助けられた。
ユウはそんな俺をちらりと見たが、話を続けた。
「早く答えろ。部隊の死をムダにしたくないのならな」
「あなたの、応急処置は、しました。大丈夫、ですよ」
しんどさを悟られないように無理に笑ってそう告げると、その人は安心したのかまた話始めた。
「は…Have a hope“希望を…持て…”だ!」
解除コードを告げて、探索部隊の人は目を閉じた。
あっ、死んだわけじゃないからな!!
気を失っただけだから!!
「ユウ。俺はこの人を安全な、所へ連れて、いくから。すぐ戻る。ユウは人形を、連れて、先に行っといて…?」
結界の所へ歩いて行くユウにそう声をかけ、振り返ったユウに何か言われる前に、俺は治療した人を抱えて飛び立った。
(2014.12.02 修正)
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