新宝物 | ナノ












 深紅の薔薇のように《アル夢

ごきげんよう、デルフィナよ。


今私はとても苛立っているの。
それは隣にいるアルバロも同じね。


「……ねぇ、マスター。私達、もうすぐ試験なのだけれど」

「このタイミングで呼び出すとは、本当にいい度胸だな」


そう。私達は来週にミルス・クレア魔法院の入学試験を控えているの。
その為の勉強をしなければならないのに、この男ときたら。

どうしても今でなければならないと言われたから来てみたのだけれど。


「それはすまない。だが、これはお前達にしかできない仕事でな」


酷く億劫そうに吐き出されたその言葉に、眉をひそめて顔を見合わせる。


二人でしなければならない仕事?


「……選べない分、報酬は弾んでくださるのよね?」

「それなりにはな」

「二割以上は上乗せておいて頂戴よ」

「……デルフィナ、受けるつもりか?」

「仕方がないわ。さっさと片付けて勉強に戻りましょう」


深く溜め息を吐いて渋々要求を飲んだマスターからメモリスを受け取る。


「鍵は《血薔薇》だ」

「ありがとう。でも必要ないわ」


魔法を試すのには丁度良いわね。

そう付け加えて、アルバロと店を出る。

近いからと云う理由で彼の家に向かうことになった。

………私はあの家が嫌いだけれど、今回は仕方ないわね。

小さく溜め息を吐いて前を歩く彼に話し掛ける。


「勝手に引き受けてごめんなさいね」

「いや、お前の言ったことには一理ある」

「そう。それならばいいわ」


個人主義の貴方には怒られるかと思っていただけだから。

心の中だけで呟いて、アルバロの横に並んだ。


「……相も変わらず、殺風景な部屋ねぇ」


本当に必要最低限のものしか置いていない無機質な空間。

………駄目だわ。
私には合わないわね。
きっと気が狂ってしまうわ。
こんなところに住んでいられるなんて、もはや尊敬に値するわね。


「お前のところと比べれば、どこの部屋でも殺風景だろう?」

「それでもこれは行き過ぎだわ。貴方どうやってここで過ごしているの?」

「普通に、だよ」


無造作に置かれたソファに座らせて貰っていると、彼は持ってきた二つのグラスを前のローテーブルに置いた。

中に入っていたのはお茶。


「……なんと言うか。本当に風情が無いわね、貴方」

「生憎、必要なかったんでな」

「でしょうね」


ソファは一つしかないので、必然的に隣に座る彼に内心溜め息を溢す。

………いいえ。ここで水道水やお酒が出てこなかっただけマシよね。

彼にしては結構配慮してくれたわよね。

うんうん、と頷いてグラスに口を付けた。


「さて、お仕事の内容を確認しましょうか」


一息ついた後、貰ったメモリスの鍵を外す。


「素敵なお話ね!」

「面倒の間違いだろ?」

「良いじゃない、行きましょうよ!」


依頼の内容は例に漏れず暗殺。

でも今回は少し訳が違うの。

ターゲットは三人、住んでいる場所もバラバラ。

そこまでならば、いつもとあまり変わらないけれど。

明後日の夜に開かれる夜会にそのすべての人が集まるから、潜入して暗殺して来なさい、と云うお仕事。

依頼主の親戚夫婦と云う設定で行くから、男女で行かなければならないのよね。

勿論、それだけの理由で選ばれた訳ではないでしょうけれど。

「ドレスコードの指定がある夜会だなんて、なかなか参加出来るものではないわ!」

「……お前、急にやる気になったな」


隣から呆れた視線が寄せられるけれど、気にしてはいられない。
必要なものは当日選ばせて貰えるらしいのね。
ならば、今するべきことは。


「貴方に礼儀作法を教えておくべきかしら?」

「……いるか?」

「人数も多いだろうし、依頼主の方も配慮はしてくれるでしょうけれど、基本的なことは覚えておいた方が良いわね」

「……はいはい」


やる気の無さげな彼をなんとか説得して練習をして貰う。

やはりと言うかなんと言うか、彼は飲み込みが早かったので一晩でそれなりには見えるようになったわ。

そして潜入当日。

夜会の会場の近くのホテルに部屋をとって貰っていて、そこで着て行くドレスを選ぶ。

今回のドレスコードはブラックタイ(略式夜会服)だから私はイブニングドレスを着るのよ。
因みにアルバロの着るタキシードは既に選択済み。

今隣の部屋で着替えて貰っているわ。


「これにしましょうか」


ずらりと並ぶドレスの中から手にとったのは深紅のロングドレス。

デザインも好みだし、ナイフも隠しやすいわ。
それにこの色ならば、万が一反り血を浴びてしまっても目立たないものね。
すぐさま着替えて、ルビーのあしらわれた薔薇のモチーフのネックレスとピアス、ブローチを身に付ける。
あとはお化粧と髪を整えるだけ。
―――コンコン


「どうぞ」


許可を出すと扉が開き、正装をしたアルバロが入ってきた。


「あら。よく似合っているじゃない」


元が良いだけのことはあるわね。
………かなり違和感を感じるけれど。


「窮屈過ぎて疲れる」

「今夜だけは我慢して頂戴な」


普段からラフな格好を好む彼にはきっちりと着なければならないタキシードは苦痛以外の何物でもないでしょうね。

苦笑しながら宥めると、苦い顔のまま椅子に腰掛けた。


「それにしても、お前は全身真っ赤だな」

「この方が都合が良いのよ。似合う?」

「似合うよ」

「ありがとう」


さて、仕上げをしなければ。

鏡台の前に座って髪を結い上げる。

サイドは少し残し、上げた髪が綺麗にシルエットを描くように少し緩くリボンを結ぶ。

元々癖毛だから巻く必要は無し。

因みにリボンも赤。

今日は徹底して赤しか着ないわよ。………別に理由はないのだけれど。

最後にお化粧をしようとした時にアルバロから声が掛かった。


「なぁに?」

「俺がやるよ」

「……できるの?」

「勿論」


それにしては、お化粧をしているところなんて見たことが無いのだけれど。

恋人にでもしていたのかしら。

………男にいつもお化粧をして貰うなんて、女として駄目な気がするのだけれど。

まあ、私の推測はおいておいて。

特に断る理由もないので、お願いすることにしたわ。

目を閉じていろと言われたので、その通りにする。

「終わったよ」

「ありがとう」


唇にルージュを塗られた後、ゆっくりと目を開ける。


「あら」


鏡を見て驚く。

思ったよりもずっと綺麗に仕上がっていた。

深紅のルージュが引き立つように目元を薄めにするなんてテクニックを知っていることにもびっくりだわ。


「……貴方って、器用だったのねぇ」

「今更だな」


沁々と呟くと薄く笑われた。

………意外と恋人には尽くすタイプなのかしら?

いいえ、ないわね。あり得ないわ。

自分の思考を首を振って振り払う。

時間を確認すると、丁度会場に向かう時間だった。


「そろそろ行きましょうか」


これもまた深紅のボレロを着て部屋を出る。


「さっさと終わらせて帰るぞ」

「はいはい」


それはもう窮屈そうなアルバロにエスコートをして貰いながら会場に向かった。


「案外ガードが緩いのね」

大人数が犇めく会場の隅で薄く嘲笑する。

ガードマンに招待状を見せるとすんなりと会場に入ることが出来た。

それらしく見えるようにと話が漏れないように腕を組み少し顔を近付けて小声で話し合う。

「さて、ターゲットは?」

「もう見つけた」

「あら、早いわね」

「三人ともお前が殺るのか?」

「そうよ。その為にわざわざ赤い服を着てきたのですもの」


アルバロではシャツに血が付けば一瞬でバレてしまうものね。

ターゲットは三人とも男。

彼もこんな感じだし、早く終わらせましょうかね。

近付いてくる人達を適当に相手にしながらターゲットの方に向かう。

―――ザシュッ

「これで最後。思ったよりも簡単だったわねぇ」


ターゲットを人気の無い場所まで誘い込み、後ろから腕を回してナイフで喉を一突き。

え?どうやって誘い込んだかって?

………それは察して頂戴。

反り血もあまりに付かなかったし、靴も赤いから血を踏んでも目立たない。

赤って素敵な色よね。


「終わったか」

「ええ。ご婦人方のお相手ご苦労様」


「……もうこんな仕事二度とごめんだ」


ナイフの血を拭っている間にやって来たアルバロに目を向ける。

思いきり顔をしかめている彼は退屈だったと愚痴を溢した。

無駄に顔が良いから年頃のレディ達が放って置かないのよねぇ。

まあ、そのお陰で私はスムーズにお仕事をすることが出来たのだから感謝しているのだけれど。


「では帰りましょうか」


綺麗になったナイフを太股に隠して血の海を踏みつけながら、壁に寄り掛かる彼に近寄る。

しかし彼は動かずに手袋を外して私の顔に手を伸ばしてきた。

「どうしたの?」

「血が付いてる」

「え、」


頬に触れた彼の指には確かに赤い血が付いていた。


「あら、本当だわ」


おかしいわね。

後ろから喉を掻き切ったから顔には付かないと思っていたのだけれど。

予想外だったわ。

ナイフを拭いた布でお化粧が崩れない程度に拭き取る。


「どうもありがとう。気付かなかったら大変なことになっていたわ」


失態を晒すところだったわ。

騒がれるのは確実だったわね。

軽く返事を返したアルバロと共に周りに気付かれないように会場を後にする。

出た瞬間に彼がボータイとシャツのボタンを外したのは言うまでもないわよね。「本当に面倒な仕事だったな」

「そうね。報酬は二倍にして貰おうかしら」

「まったくだ」


深紅の薔薇のように
(棘にはお気をつけて?)


相互記念*黒薔薇さまより






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