水面に浮かぶ心《夏組
痛いくらいに陽の光が射し込む季節。その中で私たちは合宿をしている。
今は小さな山を歩いていた。もともと運動部だから、覚悟はしていたけど…
『夜久先輩?大丈夫ですか?』
『っ…うん!大丈夫だよ!』
梓くんに気づかれたかな。正直つらくなってきた…肌は日焼けで赤くなってるし、意識しないと歩くだけでクラクラする。
『夜久、無理してないか?』
『宮地くんまでっ、私は大丈夫!』
真夏の合宿って、何回来ても厳しい。体力的にも、精神的にも…ほとんどは体力的にだけど。
『む…そんなにつらそうな表情をして、大丈夫と言われてもな』
『そうですよ!先輩、誰が見ても無理してます!』
男の子は体力があるから羨ましい。それに比べると、どう頑張ったって違いを突き付けられる。
『うん、そうだね。近くの河辺にでも行こうか』
部長にまで言われてしまった。
『は〜い』
『分かりました』
『夜久さんも。少し休憩時間にしよう』
皆の迷惑にはなりたくないから、頑張らなきゃ!
『……………』
一人黙々と考え込んでいたせいで、私は気がつかなかった。部長が距離を縮めたことに。
『夜久さん、今の聞いてた?』
……私?
『きゃっ!』
気づけば私をのぞき込んでいて、いきなりの事に思わず声を出してしまった。
『ごめん、大丈夫だった?驚かせちゃったね』
『あっ、いえ…大丈夫、です』
クスクスッ
『先輩の驚き方って…すごく可愛らしいですよね』
梓くんは笑いながら、隣を歩いてる。
『まぁ、可愛…夜久らしいと思うぞ』
宮地くんは少し顔を紅くして、逸らしてしまう。
『…ありが、とう…』
『僕も可愛かったと思うよ』
『金久保先輩まで、からかわないでくださいよ!』
『からかってなんかいないのにな』
それでも、恥ずかしいから止めてください!
『まぁ、僕自身よく体調不良になるからね。気づくのは早いと思うよ』
少し離れた所で、若干じゃれあっているようにも見える二人を見ながら苦笑を部長は浮かべている。
『金久保先輩…二人は気づいてますか?』
『うーん…薄々かな。確信してはいないと思うよ』
安心して胸がほっとした皆に迷惑をかけずに済んだみたい
『次からちゃんと言うんだよ?皆が心配しちゃうから、ね?』
『…次からは気をつけます』
にっこりとした部長を見ながら、心の中では謝ってる。きっと、次も言えない気がするから。
『金久保先輩、二人に言わないで頂いてありがとうございました』
『どういたしまして。まぁ、お礼を言われることじゃないよ』
それから、しばらく梓くんと宮地くんの様子を眺めていた。
『夜久さんも少しだけ歩いてみたら?せっかくだからさ』
『じゃあ、少しだけ歩いてきますね』
『転ばないように気をつけてね』
『分かってます!』
学校にいる間は、こんな機会がない。だからこそ、愉しさで気持ちが弾む。水の中は冷えていて、熱された身体を徐々に緩和してくれた。
『おっとっと…』
時折、石に躓きそうになる。自然の河辺なだけに足場が悪い。様々な大きさ、形の石がころころしてる。
『夜久。注意して歩かないと滑ってしまうから、危ないぞ』
『うん!気をつけるね』
危ない気がするから、皆からそこまで離れない所しか歩かない。もし滑って転んだりしたら…『っ!!夜久先輩、危ないです!』
『えっ…!!』
そんな事を考えていたら、案の定、滑ってしまった。
『夜久さん!!』
『夜久!!!!』
『きゃっ』
全身ずぶ濡れを覚悟して瞳を閉じたが、その時は訪れなかった『もう、先輩ったら気をつけてください!心臓に悪いじゃないですか!』
左からは梓くんが、
『だから、気をつけろと言っただろう!打ち所が悪かったらどうするんだ!!』
右からは宮地くんが、
『さすがに不注意だったね』
背後は部長、それぞれ私を支えてくれたから。こんな形で最悪の事態を免れるとは思ってもいなかったけど…
不本意とはいえ、どきりとしてしまう。…星月学園が全寮制でなければ、皆人気者なんだろうなぁ。
『陽が暮れてきているから、水から上がろうね』
『賛成です』
『はーい』
渋々、皆は手を離すと私に合わせてゆっくりと河から上がっていく。
『あの、私の不注意で、雰囲気を壊してごめんなさい』
申し訳なさすぎて謝ると、部長はあわあわとしだした。
『えっ、謝らないでいいよ!誰だって気が抜けることあるから。
たまたま、ああいう形になってしまったけど…』
『そうですよ、夜久先輩!
今回は危なかったですけど、誰だって失敗はありますよ』
『滅多に来ない場所だから、浮ついたのは分かる…
だから、次はもっと気をつけるようにな』
『っ…ありがとうございます!』
言い方はそれこそ様々だけど、励ましてくれている。
『じゃあ、ゆっくり戻ろう。今日の部活は、もうお休み』
『分かりました』
『了解です』
『はい!』
帰り道は、広くて車が少ないをいい事に横並びでわいわいと楽しく道を戻っていく。
『先輩の隣は僕が頂きます!』
『む…木ノ瀬、後輩は後輩らしく遠慮したらどうだ』
『お断りします』
『なっ』
『宮地先輩に譲る気はありませんから』
『……』
帰り道で私の隣を争って口喧嘩をする梓くんと宮地くん。
『こうやってみると二人って…』
なぜか、争いに不戦勝の部長と
『『兄弟みたい』だね』
『兄弟みたいじゃないです!』
『兄弟みたいなんて、ありえません!』
間髪いれずに否定の言葉が返ってきた。聞こえなくても、見ていたら分かったみたい
『そうかな?結構兄弟喧嘩に似ているように見えるけど…
夜久さんもそう思わない?』
クスクスッ
『私も思います。宮地くんが兄で、梓くんが弟みたい』
やはり見ていて楽しい様子を眺めながら帰路を辿っていく