涙の苦さとただ募る想い
記憶が失われていた時間を、
想い出の片鱗を一緒に探した時を忘れてないよ。
それでも…
トーマが隠していた気持ちと、シンが悩んでいた事に気づけなかった罰なのかな。
今まで通り三人で過ごすのは難しくなった。曖昧だったモノがはっきりとなって、結果的に一人を選んでしまったから。
「シンは今どこにいるの?」
「はぁ…予備校だけど」
「そういえば、予備校の日だっけ」
家に来た時に自分で聞いた事を思い出した。
「いきなりどうした訳?」
「ううん、なんでもない」
声を聴くだけで嬉しいのに、チクリと胸が痛むのは私がいけない。
「授業が終わったら…会いたい、な」
「今からマイの家に行くから待ってて」
「なっ、シンはまだ授業あるでしょ!」
「課題は終わらせたから平気」
「そういう問だ」
「じゃ、家で待ってて」
プチッ
言い終わる前に断言される。それきり聴こえなくなった声に、相変わらずだなと思ってしまうあたり慣れは怖い。
一方的に切られた携帯を見つめて、脳裏に彼の描く姿はきっと現実なのだろう。
なんだかんだで、シンなりに想ってくれてる事が嬉しい。
素直じゃないのはお互いさま。だから思い浮かべるだけで、自然と微笑みを浮かべられる。
「今日は紅茶にしてあげよう」
甘さ控えめのシフォンケーキと一緒に出せば、丁度いいよね。
キッチンで準備をしていれば、程なくして呼び鈴が鳴る。
「いらっしゃい、シン」
「ん…なんか良い香りがするんだけど」
「紅茶とケーキを用意したの」
冥土の羊でバイトしてるだけあって、準備自体は直ぐに出来てしまう。紅茶も色がよく出て、強すぎない香りもいい。
「ふーん。マイにしては珍しい」
「シンは紅茶が好きでしょ?…美味しい?」
二人だけの空間は、過去に比べれば特別な時間になってる。お互いに存在を感じられると安心するような、そんな気持ち。
「まあまあ」
「そっか」
口ではそう言うのに、マグカップを置かない様子。美味しいならそう言ってくれればいいのに、案外不器用なところが可愛らしい。
いつもは冷静で口調はきつくても、時々あるそんな場面が気に入ってる。
「で、今日は何があったんだよ」
いつのまにか置かれたマグカップ、伸ばされた指先が頬に触れた。声音は真剣そのもので、視線が外せない。
「三人で過ごした時を思い出したら、辛くて…」
「おまえはバカだな」
コツンッ
触れた手をそのままに、おでこを寄せた彼はそっと呟きを零していく。
「過去は戻らないだろ」
「そう、だけど…」
「選んだのはマイで、後ろは振り向くべきじゃない」
「………うん」
紅茶の香りに混ざって、シンの香りがする。甘くない彼の香り。触れられた場所から伝わる彼の存在に、少しずつ落ち着いた。
「そんなに不安なら、しばらく俺の家に泊まれば」
「シンのお家に?」
「そうすれば、しばらく一緒に過ごせるから」
彼にしてはいつも以上に優しさを感じる。それは心配してるからかもだけかもしれないけど、恋人として嬉しい気持ちに変わりはない。
「…不安なんか忘れさせてやるから」
「ありがとう、シン」
静かに伝う雫に想いは溢れ出した。
title by たとえば僕が