誘惑メロウ
とうとう冥土の羊もハロウィン仕様になった。
普段の制服とはまた違った格好で女性スタッフは魔女、男性スタッフは吸血鬼をモチーフにしたトータルコーディネート。
マイも含めた店員が集められて、それぞれ渡された衣装は必ず一部だけ奇抜な色をしていた。
「厨房まで制服を弄るんですか」
「何も問題ないでしょう?」
「…そうです、ね」
「シンは嫌なの?」
「どう考えても、準備しにくいだろ」
心配そうな問いかけを反射的に返してしまう。
明らかにマイやトーマ、イッキさんなら表に出るから分かるけど。裏方まで仮装する意味が分からない。
「ふーん、シンも似合ってると思うけどな」
「トーマは煩い」
「相変わらずおまえは冷たいね」
隣でそんな事を言うコイツの気が分からない。仮装なんて面倒な訳で、早く着替えたかった。そそくさと表に行くトーマと反対に、おまえは動こうとしなかった。
「マイも早く表に出れば?」
そっけない口調で言ってしまうのは癖だ。本当はもっと柔らかい言葉をかけたいのに、つい零れるのは冷たい言葉たち。
「私は……」
「何?」
「今のシンもかっこいいと思うよ」
「なっ!?」
いつもなら言わないような、感想だった。恥ずかしがって真っ赤になる、そこで終わるのが定番だったのに…
「じゃあね」
「ちょっ、マイ!!」
逃げるように表へ向かったアイツは、耳まで赤く、隠れて微笑みを浮かべていたのだろう。唇を隠しながら立ち去る姿が脳裏を過ぎる。
「あとでどんな風に弄ってやろう」
何気ない事ではある。それでもアイツから行動するなんて珍しいばかりだ。
「マイはお菓子なんて無いよな?」
どんな甘いお菓子よりも悦ぶ悪戯を贈ってあげよう。
スカートを小さく舞い上がらせて、忙しく働くマイはきっと甘さに酔いしれるといい。
そんな想像を糧に、今日の仕事をこなすと決めたのは俺だけの秘密。
title by 水葬