君が笑うなら
夕陽に照らされた帰り道。
不思議なくらい恥ずかしがるけど、彼は手を繋いでくれるようになった。嬉しい事がまた増えた日常生活。
なんとなく会話が途切れて…何かを言わなきゃいけない気がした。
「ねえ、シン?」
「なに」
抱きついたり、キスしたり…私が恥ずかしいと思う事は平気なのに、不思議なくらい。彼は恥ずかしいからと、こっちを見ない事で隠してるようだけど。
いつも無愛想に映る姿に苦笑してしまう。言葉は冷たく聴こえても、本当は優しいって知ってるから嬉しくなる。
「今もベースの練習してる?」
「一応はしてるけど」
「そっか…シンなら上手く弾けそうだね」
思い浮かべるのは彼の家。いつのまにか揃えていたアンプやベース、私がバンドを始めた事をきっかけに彼も始めた練習、厳しい言葉は彼自身も経験していたから言えたんだね。
「マイは俺を過信しすぎ。俺も練習しないと下手だから」
ぶっきらぼうに告げた彼は、ちらりと私を見て言った。
「誰だって練習するから上達するんだろ」
「そうだね」
受験生の彼なら一番理解できるはず。練習の積み重ねが実力に繋がるという事を、今の時期は一番感じてるだろうから。
「…で?マイは何が言いたいの」
「今度、弾いてみせて」
「………まだ聴かせられるレベルじゃない」
シンにしては珍しい。自信があるのかと思えば、まだその域に達していないのかな。満足できるところまでいかないと見せたくないなんて、素人じゃないみたい。
「じゃあ、シンが練習してるところ見たい」
「駄目」
「少しだけでも嫌?」
本当なら嫌がる事はしたくない。
でも、それは誰かに聴かせるものでしょう?だから、最初にシンの音を聴きたいなって思う。
好きだから、恋人として私が一番最初のファンになりたいよ。
しばらくして、ゆっくりと私に合わせたように歩く速さが変わった。
「断りたいのが本音だから」
相変わらず、あまり顔を見せてはくれない。でも繋いだ手は離されなかった。強く握られた手はお互いの体温が溶け合ったように感じる。
「ありがとう、シン」
見えなくても、声が嬉しそうだったよ。
素直じゃないから口には出せない気持ちもあるし、行動出来ない事だってある。
今はシンが私に負けてくれただけ。
「でもマイは分かってない」
「うん?」
「俺の家で二人きりになるって事」
「……なっ、シンのバカ!」
彼なら間違いなく、聴かせてくれるだけじゃ終わらない。さっきまでは目も合わせなかった彼が、楽しそうに見ている。確実に私が弄るつもりだ…
「マイが言い出したんだからいいよな」
「そういう意味じゃなかったの!」
「そういう意味って?」
「もう知らない!!」
先に歩こうと手を離したかったのに、思ったよりも強く握られていて無理だった。
「俺がマイを逃がす訳ないだろ」
「……シンが意地悪する…」
「でも本気で嫌がってない」
確かに本気で嫌がる程じゃない。彼がする事は何でも知っていたいから、正直嬉しいと思う。
「じゃ、覚悟しておいて」
沈黙を肯定と受けとめたらしい。シンは突然指を絡ませて、その指先へ唇で触れた。
本来の目的は忘れ去ってしまったのかもしれない。微笑む彼を見ながら当然のように浮かぶ考え。
きっと私が笑う事よりも、シンが楽しむ事の方が多くなる。
二人で楽しいと思えるならそれも幸せな事だよね。
愛情の注ぎ方は違っても、それは一つの喜びになる。
title by水葬