優しい唇が弧をえがく
ルームシェアを言い出したのは、あくまで僕からだった。
あの一件から彼女達の嫌がらせもなく、平穏な日常に包まれている。
「コーヒーで良かった?」
「あ、ありがとうございます。イッキさん」
「いつもくらいで砂糖は入れてあるからね」
「私の入れている量、覚えているんですか?」
「なんとなく、これくらいかなーって目分量だよ」
毎朝、彼女が二人分のコーヒーを入れる。ちゃんとは醒めないまま待ちながら、ぼーっと見ていると片方にスプーン一杯の砂糖を入れていた。僕の分はブラックだから、もちろんそれはマイの分だろう。
「毎日見ているし、マイのことは覚えるようしてるから」
お揃いのマグカップを持って、恥ずかしそうに口をつけていた。
赤くなるのは暖かいコーヒーのせいか否か。どちらにしろ可愛らしい。
「君の好みだと嬉しいんだけどね」
「……美味しいです」
今日だって講義が休みだからと、二人だけでのんびりと過ごしてる。興味のない番組でも彼女がじーっと眺めている間、その様子を僕が眺める。
それだけの時間だけど、この静かな空間にも愛おしさが生まれていた。
「それってそんなに面白いの?」
画面の中では都会だけど比較的落ち着いた、隠れたお店を紹介している。
「とても面白いですよ」
「ふーん」
彼女が好みそうな服飾、雑貨屋もあれば冥土の羊みたいな喫茶店もあった。
「さっきのお店、今度一緒に行ってみませんか?」
「マイがいいなら構わないよ」
君に誘われなくても、一緒に行くつもりだったから嬉しいな。
さすがにサワとミネとの三人で女子会、とか言われたら送り迎えでたぶん我慢……してたのかな僕。
「ふふっ、楽しみにしてますね」
「デートだよね…何着て行こうかな」
瞳のせいで女の子達に囲まれていた偽りの時間なんかよりもずっと、ずっと幸せだよ。
でも、一度でも知ってしまったら、もっと欲しくなるのも自然だと思うのは欲張りかな?
「マイー」
「きゃっ…」
わざと後ろから抱きついてみる。びくっと身体を揺らして、後ろの僕を見ようとする。
「いきなり抱きつかないでください!」
「だってマイが構ってくれないじゃない」
ぎゅうっと腕に力を込めれば、さっきよりも彼女を感じる。女の子の柔らかさで抱き心地もいいから堪能しておく。
「…なんでイッキさんが拗ねてるんですか」
「君がテレビに夢中だから」
「ちゃんとイッキさんとお話してますよ」
「そう?」
それならとばかりにリモコンへと手を伸ばす。
「あっ…」
「マイの鑑賞会は終わり」
「続きがまだあったのに」
「あのね、僕だって妬いちゃうんだけど?」
さっきまで我慢していた分、今は僕だけを映してよ。
「いや、あっあの…イッ、キさん」
額、頬、唇から首筋に口づけを贈っていく。
「ふふっ…大丈夫?」
最後にその指先に自分の唇を寄せた。潤んだ瞳と真っ赤な顔はより雰囲気を醸しだし始める。
「大、丈夫じゃ…ないです」
「そうじゃなきゃ意味ないからね」
「な…にを、」
「だから僕だけに夢中になって」
「イッキ、さん?」
「マイが好きだよ」
「んっ…」
もう一度、真っ赤な君に口づけを捧ぐ。
title by雲の空耳と独り言+α
宝石言葉より サファイア・慈愛