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大事だから言えなくて

「お帰りなさいませ、ご主人さま」

「こんにちは、マイ」

ねえ、君はまだ覚えてるかな?

席へと案内する背中に、別の世界の彼女を重ねた。

まだオレがいなかった頃、よく二人で手を繋いだね。

「席はこちらで…って、ウキョウ?」

「あっ、ごめん。ぼーっとしてた」

疑いの込めた、心配そうな視線を彼女が向ける。それだけでもこんなにも嬉しいと思うのに…今の君は僕の知っている彼女じゃない。

この世界では仲のいい友達のまま。

「寝不足?仕事が大変なの?」

「一応、ちゃんと寝てるんだけどな」

「一応って不安要素でしょ!」

友達だから心配してくれて、心配しているから怒ってくれる。僕を見てくれている。物足りないとは思っても、その事実があれば救われるんだ。

たとえ報われない気持ちでも。

「はははっ、言われてみれば少し眠いかも」

「健康だって大切なんだから、笑い事にしないで」

「安心していいよ。仕事のせいじゃないから」

外でも普通に寝たりするから仕方ない。オレから守る為にあまり長い時間近づくのは危険だから…とは言えない。

「マイは気にしなくて大丈夫」

寝不足というか、たぶん俺の意識が完全に沈んでからアイツが表に出ているせいだからさ。

「ねえ、ウキョウ」

終わりが見えない輪廻の原因、ニールを頼るきっかけは俺が彼女を好きになったから…この世界の君はまだ仲が良いだけで済んでいるけど、やがて世界が死の運命を抱えてその手を伸ばす。

「最近ぼーっとしてる事が多いよ」

「俺はいつも通りだと思うけど」

「そういうのは周りの方が気づくの!」

別の世界の彼女は、別の相手と想い合うことだって普通にある。立ち位置が違っていても、決まって登場するのは彼らだけ。そして、必ずその中の一人がどの世界でも君の恋人になる。

「そっか…自分の事は分かりづらいや」

この様子なら大丈夫なんだろう。翡翠色の瞳に影は射していない。

まだ手をかけられていない…直接会っていないはずだ。今までの君を殺してきたオレと会っていたら、普通に話せるはずないから。

「君に心配してもらえて嬉しいな」

「ウキョウは大事な友達でしょ」

「うん。マイも僕の大切な友達だ」

目の前に置かれた紅茶に映った自分が、だいぶ緩んだ表情で見返してくる。

望めることが少ないと、小さな事でもかなり嬉しいものだ。マイにとっては些細な事かもしれないけど、見知らぬ他人でいるより満たされる。

「それに冥土の羊の常連さんだもの」

「えっ、まさかお客様だからとか!?」

「冗談よ。焦りすぎだって…」

反射的に声を上げれば、笑いを堪えた彼女が楽しそうに口元を隠している。

「冗談で安心した…心臓に悪いよ」

「ウキョウったら飛びかかる勢いだったね」

「君があんなこと言うからです」

「ごめんね」

「謝らなくていいよ。マイが笑顔ならそれでいいから」

「ありがとう」

その言葉に込められた気持ちは僕だけの宝物だよ。


大事だから言えなくて、好きだから伝えたかった気持ちがありました。



title by 空想アリア





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