無意識のゼロセンチ
自分の部屋で雑誌をめくっていたらバタバタと誰かが駆けてくる音がした。
バタンッ
「翔ちゃーん!」
「な那月!こっちに来るな!」
誰かって言うのはもちろんルームメイトの那月だ。部屋に戻ってくるなり、こいつは力の限りで俺を抱きしめる事が日課になっている。
「ぎゅーっしてあげるね」
ミシミシッ
「痛っ痛い痛い!無理!ギブ!」
加減をされないために、身体が苦痛に悲鳴をあげるのもまた日課。
「あっ、ごめんね翔ちゃん。大丈夫?」
「大丈夫?じゃねーよ!馬鹿力!」
「だって翔ちゃんが可愛いから」
「俺は可愛くねぇ!」
そりゃあ、今は身体小さいけどいつかデカくなるし!もっと強くなってやる!こいつがデカ過ぎなだけで、断じて俺は可愛くない。
「つか、那月」
「うん?」
不思議そうにこちらを見ている。腕の力は緩んでいないのに首を傾げる仕草は図体がデカイわりにどこか可愛らしいなと思ってしまう俺もどうかしてる。
「なんで当然の如く、俺のベッドに寝るんだよ!」
「えっ、駄目??」
「当たり前だ!駄目に決まっ…」
しょんぼりと肩を落とす様子に思わず言葉を詰まらせる。
「…今日は一緒に眠りましょう?」
うっ、となる俺を見て那月は後一押しというようにそう耳元で呟いた。
「ね!いいでしょう?」
「今日だけ…だからな」
恥ずかしくなって隠れるようにこいつに抱きついた。
抱きしめられたまま、捕われている身体は動悸が煩いくらい鳴り響く。
「翔ちゃん」
「なんだよ」
顔を俯かせて口だけを動かす。今の表情は情けないくらい幸せで崩れ去っているだろうから。
「ありがとう、翔ちゃん。大好きです」
「お、お俺も…那月がすっ好きだぞ!」
「はい、知ってます」
当然ですとばかりに、笑うこいつの香りを抱きしめる。俺が1番好きな香りだ。一人の時は微かな残り香で心が休める。
記憶の中で隣にこいつがいて、俺はそれだけで楽しそうにいつも笑っていられる。
「んっ」
なんてなく顔を上げると、それに合わせて那月が身じろぐ。顔が近づいた瞬間に、俺はほんの少し唇を触れ合わせた。
驚いたこいつの表情を見て、瞳を閉じた。頭の中で映しだされるのは滅多に見れない驚愕したこいつの顔。仕返しが成功した事に微笑を浮かべる。
「ざまぁ…みろ」
いつも俺がどんな感じなのか体感すれば、心臓が壊れそうなくらい煩くなるのを感じればいいんだ。
そう勝手に思いながら、今日は良い夢が見られそうだなと一人意識を手放した。
翌日、那月がとても眠そうにしていたと聴いて仕返しが大成功に終わった事を知る。
title by 確かに恋だった
無防備な君に恋をする5題