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抱きしめてなんて

想像は出来てるのに上手く出来ない事のもどかしさ。

感情をうまく表現できないことの悔しさ。

私が望む歌を稚拙ながらも、気持ちに素直な歌を紡ぐ彼は私のルームメイトでした。

トンッ

軽く突かれたおでこを押さえて、目の前の人物を見上げる。

「音也…」

「さっきから眉間にシワが出来てるよ、トキヤ」

余計なお世話です、そう感じていた時にまた触れてきた感触。

「ですから、あなたは何をしているんですか?」

「難しい顔ばっかりしてたら疲れるじゃん!だから、」

グリグリッ、指で円を描くように押される。

「トキヤが完璧を目指すのも分かるけど、今は休憩しなきゃ」

「休憩…ですか」

「切羽詰まってるみたいだし、休憩!」

何度も譜面に書き込んでいた手を握られる。確かに言われた事は事実だった。納得する一歩手前で情けなくなり、自分に苛立ちを覚えていたから。

たまにはいいかもしれない、音也の言う通りにしてみましょう。ペンを置いて課題曲の譜面を閉じる。

「なんか楽しいことを思い出そうよ」

クスッ

「全く…あなたはお節介ですね」

いくら素っ気なく接しても、彼だけは変わらない。今まで通りに話しかけくる。

芸能界では全く会わない性格。作り物のHAYATOではない、本物の存在。

「トキヤ、やっと笑ったね!」

楽しそうに、自分の事のように笑みを零す。

「私が笑って音也は楽しそうですね」

「俺はトキヤの笑顔が好きだからさ!」

満面の笑みを向けて好きだと告げる彼。不覚にもドキッとしてしまった。

「…少しも恥じらいを持たないんですか」

「ふぇ?なんか俺、おかしかった?」

「いえ、気にしないでください」

「トキヤ?大丈夫?」

心配そうな表情で首を傾げる様子に落ち着かせた鼓動が再び忙しなくなる始末。

大丈夫ですから…

「そんな目で見ないでくれませんか?」

触れてしまったら、きっと酷くしてしまう。そんな感情に苛まれているのに、無邪気に笑う彼が可愛くて…

「わー!トキヤが真っ赤になってる!」

いつもは彼の方が顔を赤くしたりするから。慣れない言動でも好きだから嬉しいと思う。想いを包み隠さず、そのまま伝えられる。

「音也のせいでしょう」

「うん……知ってる」

私が惹かれたのは、そんな彼だから。

チュッ

「んっ」

頬にくちびるで触れた。

温かくて、甘い。そんな気持ちになる私は重症なのだろう。
抱きしめてなんて言わないから、もっと強く手を握って。


title by 確かに恋だった







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