君に抱かれた悪戯
10月末は社長直々にハロウィンパーティーが行われる。
季節限定というのもあり、皆が橙と黒を使ったデザインドレスかタキシードを着て参加しなければならないらしい。
「まったく…早乙女さんらしいですね」
「きっと楽しいですよ」
壁際で眺めていれば、聞き慣れた声。隣にちょこん、と彼女が立っていた。
「春歌ですか」
「せっかくのハロウィンです。楽しみましょうよ」
目元を仮面で覆われた彼女は、いつもよりも大人びて映る。仮面だけでなく、女性共通のドレスも春歌の印象をガラリと変えた。普段から大人しめの色を好む彼女がハロウィンカラーを、目立つ色を纏い化粧を施している。
それだけでも手を伸ばしたい気持ちが溢れそうだ。
「一ノ瀬さん、どうかしました?」
じっと見つめたまま、意識があらぬ方向にいっていたようです。逆に覗き込まれた様子に内心焦ってしまった。
「いえ…なんでもありません」
「無理はしないでくださいね」
「春歌も一緒に中庭へ行きませんか?」
「行きます!」
騒がしくなる会場は早乙女さんの登場で大盛り上がり。彼が皆の意識を集めていたおかげで、抜け出す事も簡単に出来た。
やっと抜けられた会場。中庭は全生徒が会場にいる今、静寂に包まれていた。
「会場はだいぶ賑わってましたね」
「私には煩いくらいです」
「一ノ瀬さんはハロウィンとか気になさらないんですか?」
淋しそうな視線で夜の月を見つめた彼女は、とても儚く美しくて…格好とは真逆のイメージを持たせる。
「貴女と付き合わなければ…興味もありませんでした」
「じゃあ、今は…?」
「そこまで気になるなら、言ってあげますよ」
彼女の耳元へはっきりと告げた、ハロウィンの決まり文句。
「春歌」
‐TRICK or TREAT‐
「貴女はどちらにしますか?」
どちらと言っても選択肢は一つのようなものだ。
答えは簡単。ドレスを着て何も提げていない状態で、お菓子などある訳がない。
「えっと……んっ」
軽く触れるだけのキスをすれば、固まってしまうところが可愛い。夜でなければその真っ赤な表情も見えたのに、少し残念ですけどね。
「ふふっ、春歌にどんな悪戯をしましょうか」
「笑顔が黒いです、一ノ瀬さんっ」
首筋に小さく噛み付けば、息を詰めて口をパクパクとしていた。ある意味では煽るだけな事に気づいていないのだろう。
「では、とびきり甘く虐めてあげますよ」
手を引いて向かうのは、会場とは真逆。
「い、いち、一ノ瀬さん!?」
「楽しみにしてくださいね、春歌」
二人だけの時間を求めて、大きな鳥籠へと歩みを進めた。