求めては求められて
快適な部屋はちょうど良い暖かさを保っていた。
Sクラスの課題を終わらせ、なんとなく静かな後ろを見てみる。
「音也、起きてますか?」
やる事もあるだろうに、頬杖をついた音也は課題を見つめてはカクンッカクンッと首を揺らしてる。
時折、そのまま机から肘を落として一瞬ハッとしてまた頬杖をついてウトウトする。それの繰り返し。
「音也」
聞こえているはずの声も、今は素通りしているようだ。
「普段から抜けているとは思っていましたが」
眠いなら少しの休憩をとればいいものを、譜面を下敷きにして眠りそうな勢いがある。
そこでタイミング良く、またカクンッとなった。その拍子に彼は頭をぶつけたようで、ゴツンッといい音がした。
「うっ、痛い…」
「自業自得でしょう」
溜息をつきながら呆れた口調で話したのは聞こえたはずですよね?
「あっトキヤ、おはよ〜」
それを気にもしないで、ぶつけた額を押さえて挨拶をする。
「おはようございます。というか、随分あなたは暢気ですね」
「ん…なんか眠くて…」
「でしたら、ベッドで寝てください」
「んー」
気のない返事をする彼はぼんやりと私を見つめている。その瞳の焦点ははっきりしていない。
はぁ……
「音也」
「なーに?ときやー」
ギュッ
満面の笑みを浮かべる彼は、あろうことか真っ正面から抱きついてきた。不本意ながら音也を抱っこしている事になる。
「トキヤの身体、あったかくてきもちいい…」
そう言って私の首元に顔を寄せてくるせいで吐息が当たる。呼吸と共に息が掠めるくすぐったさにジワリと滲み出てくる欲。
「あの…ですね」
「ん?」
どうやら完全に寝ぼけている。口調は舌ったらずで人懐っこさはさらにグレードアップしている。まるで甘えん坊の子供のようだ。
「とりあえず、あなたは寝るべきですね」
「えー。トキヤは、ねないの?」
そうでないと私が彼を酷くしてしまいそうだ。彼がまだ正気ならソレも有りかと思うのだが半分夢心地で手を出すのは気が引ける。
「トキヤってばきいてる?」
「ちゃんと聴いてますよ…」
上目遣いで問いかける彼に徐々に増すモノ。まだ抑えが上回りものの今の生殺し状態は辛い。
「トキヤがねないなら、このままねるから」
「は?」
「…トキヤのかおり、すき」
「それは嬉しいです…ではなくて、私は許可してませんよ!」
クスクスッ
「すこしだけ、ここ、かりるね」
「ちょっ、音也!?」
ふにゃっとした表情で胸元の服を握っている。暫くする間もなく、腕の中から小さな寝息が聞こえくる。幸せそうに目を閉じて眠る彼に、仕方なく起こす事は諦めた。
「まったく…」
すぐそこにある赤い髪を撫でて、彼が寝てるのをいいことに抱きしめてみる。感じるのは音也の香りと二人の鼓動。ゆっくりと落ち着いた音と忙しなく響く音。
「どうして、こんなに可愛い事をするんでしょうね」
壊さないように、逃がさないように強く抱きしめる。聴こえる音に耳を澄ませて、安心する気持ちに瞳を閉じた。
title by 確かに恋だった
無防備なきみに恋をする5題