虚無から覗く微笑み
HAYATO=トキヤ設定
偽りの姿で今日も仕事をこなしていく。性格も口調も衣装のジャンルさえも作り物。
「ふぅ…」
吐き出す息は重く、いつか本当の自分が分からなくなる錯覚に陥りそうになる。
「今日はいつもより大変だったの?」
「いえ、いつもと同じでしたよ音也」
心配そうに聞いてくる彼の声音は不安を漂わせている。アイドルなら多忙さは当たり前、体調管理も万全が普通とされるのだから仕方ない事。
「本当にいつもと同じ?」
音也は私がHAYATOだと知らない。だから新人の仕事だと思っているはず。それこそHAYATOの多忙さとは比べられない。
「大丈夫ですから、気にしないでください」
「んっ…」
髪を撫でると気持ち良さそうに彼は瞳を閉じる。
日々の疲れが溜まっている状態。仮面を被るように、取り繕う笑みも今はぎこちないだけ。
「でもさ、トキヤはすっごく無理してる」
「……そう、見えますか?」
「うん。絶対に疲れてると思う!」
クスッ
「音也は中途半端に鋭いですね」
「トキヤ、今って笑うところあったの?」
不思議そうに首を傾げている彼は、先程よりも安心したように口元を緩めている。声はとても落ち着いて明るさを取り戻していた。
「少し、背中を借りてもいいですか」
「別にそれはいいけど」
トンッ
軽く背中合わせに身体を預ける。触れ合った場所から伝わるモノは幾分も暖かく落ち着いた。
「予想通り、あなたは子供体温なのですね」
「どうせ俺は子供っぽいですよーだ。って、トキヤ?」
トクン、トクン…
「なんだか安心します」
一定のリズムで刻む鼓動。耳を澄ませ、深呼吸をして感じとる音は生きている証。それに合わせるかのように、自分の鼓動も脈を打つ。
「音也」
「うん」
背中越しの声は軽やかに弾む。何もしていないというのに楽しそうで…そんな彼だから私は気を休める事ができる。後ろ姿を見かけるだけで頭の中では笑顔の彼がいる。何気ない小さな事でも幸せそうに笑う音也に私は元気をもらっている。
「いつもありがとう、ございます」
「んーよく分からないけど、どういたしまして!」
その言葉に思わず苦笑を浮かべてしまう。
「ふふっ、よく分からないのにそう言うんですか?」
「トキヤが元気になったみたいだからいいんだよ」
その言葉に鼓動が大きく跳ねたのは秘密にしておこう。
title by 空想アリア 螺旋より