眠るきみに秘密の愛を
今回の課題はパートナーと二人だけの歌を完成させること。
レコーディングルームを予約しては納得のいくまで歌うことの繰り返し。私が歌う間に春歌は曲をより輝かせる為に譜面へとペンを走らせる。
今日は自宅での練習。こういう時は、いつも春歌が直接ピアノで曲を弾いてくれていた。
「今日はこれで終わりにしましょう」
「トキヤさん、もう少しだけ!」
「駄目です。春歌は疲れてるでしょう?」
曲を奏でる時の表情はとても幸せそうだ。でも終わったと同時に瞳を閉じて息をする様子は疲れているとしか思えない。
「でも…あと少しだけ曲を」
「部屋に篭りきりのあなたが疲れてない、なんて言いませんよね?」
「そ、それは…」
言葉を詰まらせる春歌は必死に理由を探している様子。
少しの距離しか離れていない場所で、目の前で倒れられたら…考えるだけでも心臓に悪い。鍵盤に置かれた指をそっと持ち上げる。
温かい指先は頻繁に使われたせいか、微かに震えていた。
はぁ…やはり無理をしていましたか
音楽を愛してる者としては、気持ちは分かる。納得がいくまで音に触れたい気持ちは。でもその過程で無茶をしては意味がない。
「春歌はもう少し自分の体を大事にしてください」
「努力はしてます…けど」
体調を崩してしまえば曲は上手く完成出来ないだろう。例え出来たとしても、好きな相手が体を壊してしまうのを黙って見ている訳にはいかない。
「今日は駄目です。指先も震えてます」
「わかりました」
残念そうに肩を落とす彼女に、つい苦笑を浮かべる。それだけ音楽への想いが大切なんだと感じたから…私も昔はそうだった。
「私が無理をしたら春歌は止めませんか?」
「絶対に止めます!」
「なぜ?」
「無理してトキヤさんが倒れたら私が辛いです」
クスッ
ソファーに移動してから手を繋いだあなたを隣に座らせる。そこまでなら驚く事はなかったかもしれない。
「その気持ちは素直に嬉しいです」
グイッ
「きゃっ」
直後に頭を自分の膝へ乗せた事で彼女は瞳を見開いている。余程、驚いたのだろう。
「ト、トキヤ、さん?」
「ただ、今は私にとってそれと同じ状況なんです」
「あの、ですから…」
突然の状態にあたふたと戸惑う彼女はとても愛らしい。起き上がろうと必死でもがくけれど、私がそれを許すはずがない。
「今は目を閉じて」
目元を覆う掌に焦った彼女は、すぐに両手で離そうとしている。
「やっぱり私の膝枕は嫌でしたか?」
「はっ恥ずかしいだけです!」
強めの口調で言う彼女は顔を真っ赤に染めていて、それを見る私は感じている重みがさらに愛しくなる。
「それは良かった。では少し眠って、休憩を」
「少しだけ膝をお借りします」
「ええ」
数分後には小さな寝息が聞こえてきた。
「本当にあなたは意地っ張りだ」
そこが可愛くもあるけれど、たまに困る。時には休息をとらせないと彼女は平然と無理をしてしまうだろう。
「愛してます、春歌」
だから…
サラサラの髪を梳いて、一房だけ唇で触れる。そこに気持ちを込めて。
「どうか私の側にいてください」
決して、手の届かない場所へ行かないで
title by 確かに恋だった
無防備な君に恋をする5題