甘い熱だけ残して
ライブがあるとはいえ、まだ何時間も空き時間があるのに外は騒がしい。
春歌は無事到着しているのだろうか。
「そろそろ着くはずなのですが…」
田舎育ちで人混みに流されやすい彼女は先日も迷子になっていた。いくら本人が大丈夫と言っても心配なものは心配だ。
「一ノ瀬さん」
裏口から走ってきたようで息が荒い。顔を真っ赤にさせて、身体を落ち着かせよう深呼吸をする彼女がいた。
「やっと着いたみたいですね」
マネージャーはギリギリまで会場側と確認をするので、必然的に私は一人になる。だからこそ春歌を呼んで、二人きりの空間にしてしまう。
「こちらへどうぞ」
私よりも小さな手を握りしめて、部屋にあるソファーへと促す。一人で座るには大きいけれど、春歌を抱えた状態なら丁度いい。
衣装に皺ができることも気にせず背中からぎゅっと抱きしめると仄かに甘い香りがする。
「お、遅れてしまって、すいません」
「無事到着したのですから、気にしないでください」
「一ノ瀬さん…あのですね、普通に座りたいです」
腕の中にいる彼女は緊張したように自分の服を掴んでいる。
薄く色づいた肌を見て、沸いてくる熱。いまさら緊張するような関係でもないだろうに、初めてを連想させる反応が彼女らしくていい。
クスクスッ
「春歌が可愛いので、このままにしますね。」
「可愛くないなんて、ありません」
「私が愛らしいと思うのに駄目ですか?」
「それは嬉しいですけど…」
ライブ前でなければ、このまま行動してしまうのにタイミングが悪い。小さな身体を抱きしめる腕に力を込めた。
「春歌がいけないんですよ…んっ」
首筋に赤い華を咲かせる。
「い、い、一ノ瀬さん!」
「ふふっ。誰にも見せないでくださいね」
「恥ずかしくて見せられません!」
落ち着いてきた彼女はまた真っ赤になってしまった。必死に言葉を紡ぐ様が愛らしくて、つい小さな口を塞ぎたくなる。
「一ノ瀬さんの歌、今日も楽しみにしてます」
「ええ、期待してください。春歌に向けて歌いますから」
「なっ!?」
口元を押さえて沈黙する彼女を見れば、満足する自分がいる。
「いってらっしゃいのキス、してくれませんか?」
「む、む、む無理ですよ!恥ずかしくっ」
話す為に手を外した彼女へ。
ちゅっ、と軽く触れるだけのキスをした。
「春歌、いってきますね」
「い、ってらっしゃい…一ノ瀬さん」
しばらくは真っ赤なままなのだろう。小さな声で告げる彼女はまだ恥ずかしがって、まともに目を合わせてくれなかった。
「そこのテレビで見ていてください」
「わかりました」
「後でたくさん可愛がってあげますから、期待してくださいね」
サラサラな髪に指先を絡めて弄ると、『一ノ瀬さんは早く行ってください!』と怒られてしまった。
耳まで真っ赤な彼女に言われたところで嬉しい以外の気持ちはない。
「私も楽しみにしてますから」
ライブ直前に見た春歌は、恥ずかしさと色香を纏っていて…早く味わいたいという衝動を抑えながらステージに向かった。
title by 確かに恋だった
アンケート作品・トキ春の甘々ライブ前