陽炎を踏む、
―待っていても無駄なら、私から仕掛けてあげようか―
何も起こらない、普通を嫌うくせに仕掛けてこないとは意外だった。
てっきり、すぐにでも仕掛けるかと思っていたけど…
舞台に上がる選択をしたのは彼だけど、あくまでゲームに誘ったのは私。
「あなたでも覗き見とかってする?」
「いきなり変な事を聞くね。イリスちゃんは見当がついてるでしょ」
「それは私の予想であって正解とは限らないわ」
「ま、そうなるけどさ」
分かっていても、念のため確かめるのは彼も同じなのによく言う。
「気になる子がいたらするかもしれないし、しないかもしれないね」
「実にアルバロらしい答えをありがとう」
「対象にもよるけど、ね。簡単すぎてもつまらないから」
「ふふふっ、それは私も同感」
「イリスちゃんから見て、俺ってそんなイメージ?」
不満げにこちらを見る顔に、思わず笑いが込み上げてくるのを抑えた。
「退屈しのぎにアルバロならやるはずだもの」
「…君ってかなりバッサリ切るね」
“本当の私”を見せる時を見誤る事は許されない。相手を試す為に必要なら虚像くらい、いくらでも被ってあげる。
「褒めてくれて嬉しいわ」
「褒めてないって分かってるよね」
「こんな事で傷つく性格じゃないでしょ」
「えー、これでも一応ショックだよ?」
「アルバロはわざとらしいの」
「イリスちゃんは変わらず手厳しいね」
いくら言葉を紡ぎ表情を作ったところで、声音は真逆を示してると分かる。
「そう言ったところで、気に止めないのは誰?」
「ん―、俺?」
「自覚があってそれだから、他は面倒がるのよ」
上辺の悪びれない態度以外、それを区別できるとしたら…身近ならビラールくらいかな。
探りを入れられてる気がするのは間違いないわね。
本当の事なんて話すにはまだ早いから無理だけど。
「考え事?さっきから遠くを見てるけど」
「あなたに何をしようか考えていただけ」
「イリスちゃんが何かくれるって事?」
いつもの顔ぶれが口の軽い人間とは思わないけど、彼相手に警戒心を捨て去るなど出来ない。
「ええ。とびきり特別なモノをあげるわ」
この男がギルド所属を隠すのとは異なる意味で、私は“イリス”である為に、真実を他人の手で明かされる訳にいかない。
「右手を出して」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。意外と素直なのね」
「君がくれるモノが楽しみだからさ」
差し出された手の甲に、準備しておいた紅い珠を置き魔法を発動する。
「レーナ・・・」
紅い珠はインクが溶けたかのように、蝶と荊を模ったそれを描く。
「ちなみに私たちにしか見えないから」
「これって何の意味があるのかな?」
認めるに値するという相手に自分で伝える。それまでは欺き続ける。
幸い目を欺く術は古代種の先生たち以外、解呪は不可能なもの…とは言っても警戒するに越したことはない。
「普段はただのお飾りだから問題ないでしょ。最初に言ったわよ、特別なモノって」
「問題ないのに俺に教えないなんて狡くない?」
「アルバロとの“遊び”のオプションよ」
ちゃんと聞いてあげたじゃない。わざわざアルバロは『覗き見』するのかって。
title by 空想アリア