刹那と永遠の調和
願いを祈るだけでは、想いが漂うという事実のみ。目に見えないそれは意味がない。
私は何よりもその言葉を実感していると思うの。
プーペたちが大切に育てる花畑を眺めながら、思考はミルスクレアに来たばかりの幼い過去へ遡る。
両親が仕事場である黒の塔に近づけようとはしなかった。好奇心で発動させた魔法を見せた途端に、血相を変えた父はミルスクレアに入る事も皆無だった私を直ぐに連れていったわ。
「ママー、どうしてパパは私を連れてきたの?」
「このままでは、イリスが悪い人に狙われてしまうからよ」
「私…何かいけないことした?」
「いいえ、あなたは悪くないわ。
けれど…自分を守れるように、一刻も早く魔法を学ばなければならないの」
目の前で父が必死に頼み込む相手は、幼い私には綺麗な人たちだなというレベルで映ったイヴァン先生とヴァニア先生。
それが知識でしか知らない古代種を初めて見た瞬間だった。
「彼らが気づく前に、この子を預かっていただきたい」
後に知った“彼ら”の存在、それが複数の組織である事。
「我等にこの子の世話を、と申すか」
「まぁ属性が私たちと同じだなんて、狙われるのは必須ですものね」
あの赤い瞳が見透かすような笑みを浮かべて、理由も分からず呆然とするだけの幼い私を見ていたのを覚えてる。
「だからこそ、お二方に頼むしかないのです!」
「その件を拒むつもりはありませんわ。それが賢明な判断ですもの。
愚兄も、まさか異論はありませんわよね?」
「無論じゃな。愚妹に言われずとも事の重要性は理解しておる。」
外見とは不釣り合いな口調で話す少年…もといイヴァン先生も父と話しながら、背後の私をじっと見つめていた。
「そなたらの子には知る術がない、我等しか教えられぬ力。直々に教えると約束しよう」
「どうかイリスをお願いします!」
「えっと…よ、よろしくお願いします」
母にならい挨拶を済ませる私は、ヴァニア先生に手を引かれその場を後にする。
「ふふふっ、本当に可愛らしいこと…着せ替えが楽しみですわ」
「魔法が重要であろうに、まったく…
愚妹の考えはよくわからんが、この娘に関して心配するでない。くれぐれも他言無用じゃ」
「はい!」
イヴァン先生が最後の挨拶を述べて、最後に見えた両親は涙を隠した笑顔で見送る。
それからミルスクレアで、二人に技術も知識も知るべき事は片っ端から学んだ。
属性が安定してきたあの頃から、姿をしょっちゅう変えていた…かな。
「いいこと?イリスの魔法を他者に見せる時は既存の属性一つになさい」
「分かってます、ヴァニア先生」
イヴァン先生から私専用に、と全属性の媒体…対の指輪をもらい、属性を覆い隠す魔法や私の全属性を狙うであろう存在についても教わった。
警戒心を持たずに誰かを頼る者は、一生そのまま使われる存在でしかないと十分に理解できた。
そして、相手を知る事がどれだけ大切かという事も。
「誰にも、勝手に暴かせたりはしない」
“イリス”の名のとおり…私が私で在るために。
同じく希少な無属性…ルルの先輩として紹介されたのは、また後日の話。
今更だけど、彼女がトラブルメーカーでなければ、アルバロと話すことも遊ぶこともなかったでしょうね。
……あんな薄っぺらい表情に騙されるルルが心配だわ。
過去へ馳せた思いは舞い戻り、杞憂へと変化していた。
刹那と永遠の調和、(綴った記憶がわたしの忘れられない瞬間になる)
title by 空想アリア