耳元で囁かれた甘い毒
あれから三年の時が流れて、姿だけでも少しずつ変化を遂げている。
長く伸ばした髪を下ろすようになって、前よりは大人っぽくなった気がする。私にとっては些細な成長かもしれないけれど、エストはだいぶ変わったと思うわ。
あんなに閉ざしていた自分を、異端である事を恐れていた心を苦しみから解放された。
それに年下とはいえ男の子だから、見た目もかなり成長して…誰かに狙われちゃうんじゃないのかな?
そう思うくらいかっこいいの。前は、どちらかと言えば『可愛い』という印象かしら。恋人としてはもちろん嬉しいのよ!
でも、ね…
「ルル、どうかしましたか?」
見上げた先に彼の顔が、しかも鼻先が触れそうなくらいの近さにある。
「あ、あのっ、エスト」
ラティウムの一角。立ち寄った店のすぐ隣、路地裏で私は身動きがとれなくされていた。
「手を…離して欲しいの」
壁を背に左手で指先を絡められ、空いた右手は輪郭をなぞるように添えられている。
「何故?問題ないじゃないですか」
「エストがなくても私はあるの!」
「恥ずかしい…の間違いでしょう?」
「ひゃっ、そこで話さないで!」
耳元に囁かれる声に鼓動は激しくなるばかり。
たった一つの絶望から抜け出した彼は、我慢をしなくなった…積極的に触れてくるのは、まるで何処かの悪戯好きな人みたい。
「ルルは可愛いですね」
「エスト!もうっ離し」
「まだ駄目です」
「な、なんでー!?」
私みたいに抱きつくことは皆無だけど、彼から触れてくる。逃げられない形での接触が増えたの…それは心臓に悪いと思うわ!
「大丈夫ですよ…僕しか見てません」
「そういう事じゃ、ぁ…」
「こんなに可愛いあなたを逃がす訳ない」
輪郭から首筋へと動く指の感触に、背中がビクリと跳ねてしまう。
「ルルは僕のもの、でしょう?」
「ま、待ってちょうだい…痛っ」
掠れた声、触れる吐息に思考が麻痺する。腕を振り払うことも出来ず瞼を閉じた瞬間、首筋に生暖かい感触がしたと思えば小さな痛みが走る。
「エ、エスト、ここは外なのよ!」
真横にある唇は嬉しそうに形作られて、彼は意地悪な笑みを隠さない。過去の…可愛かった姿は何処に消えてしまったのかしら。
「これでも十分抑えてます」
「恥ずかしいの!!だから少し離れて」
「今まで何度言っても、抱きついてきたのは誰ですか」
「そそれはっ」
なんでこんなに意地悪するのー!
…じゃなかった。そ、そうじゃないわ。消極的だったことに慣れていたから、私が戸惑ってるだけだって、分かってるのよ…
「いつかルルには、ちゃんと刻んであげますから」
「ぇ…何を、刻むの……」
「さあ?」
笑顔で語っている気がするけど、聞いてしまったら逆に追い詰められそう。知識があるってこういう時も便利よね…結局、私が我慢するしかないんだもの。
「エスト」
「僕からよそ見なんてしたら…
もっとルルに噛み付いてしまいますよ?」
「もう…とっくに噛み付かれてるわ」
title by 雲の空耳と独り言+α