幻鎖に囚われた蝶
今はイリスちゃんと二人でかくれんぼ、か。
視覚に頼らず意識を研ぎ澄ませる。
彼女の鬼ごっこは、見えるものだけを追っても成り立たない。見えない何かへと、感覚だけで的を絞る必要がある。
鬼らしく歩き回って微かなソレを頼りに本物探し。そうしてみれば、極端に気配を隠した子が木陰に一人。隠れて座っているのが分かる。
茂みを踏んでいく音。
動物たちの鳴き声。
誰かの静かな息遣い。
『あーあ、見つかっちゃったか』
「わざと気配を残したのに?」
『ふふっ、あのくらいは気づいちゃうか』
「残念ながら探すのは得意なんだ」
『知ってる。次からはちゃんと消すよ』
見つかったと言うのに逃げようともしない。余程逃げ切る自信があるのか、虚像なのか。
「君が本物のイリスちゃんかな?」
『ハズレ』
後ろから肩を軽く掴めば、返事と共に振り向く彼女の瞳は赤く染まっている。ソレも静かに消えてしまった。
「本物は私でした」
続いて背後に現れた存在感はあの日と同じ異質なもの。ただ、日中なだけあって魔力も控えめに見える。
「やっぱり私の勝ちだったね」
クスクスッ
「でも今回は、なんでしょう?」
「アルバロが捕まえるまでゲームは終わらない」
妖しい雰囲気を漂わせるイリスちゃんを見ていると、しばらく続く遊びに気持ちが高揚していく。
「次は期待に応えてみようかな」
「その姿のままで?」
「さぁ…気分次第でしょ」
お互いに見えるモノだけが全てじゃない事は分かってる。
「この後はどうしようか」
「じゃあ、寮まで追いかけっこね!」
「いいよ。楽しいなら大歓迎」
自信満々に言う相手に少し疑問。あまり意識はしていなかったけど、彼女から誘ったなら運動神経はいい方なのかな。
「というか、イリスちゃんは走るの?」
「走らないかな。先に歩いてるから」
呟く声音が変わって、姿もどこか朧げに映る。
『私はもう此処にいないよ?』
うっすらと透き通った身体は先程と同じ彼女の虚像だと教えてくれる。今までずっと側に居たのに実体と区別がつかない程、複雑な律が編み込まれた魔法は気配や微かな香りさえも完全に近い再現をしていた。
「走るのは本人じゃないって事か」
『そういうこと』
「イリスちゃん、狡くない?」
『普段のアルバロの方が狡いでしょ』
「はいはい。今からこの子と帰るよ」
何故か彼女は本業も知ってるようだったが、情報の出先が釈然としない。
あの古代種たちが混乱させるだけの、無意味な事実なんて言うはずがない…周りから誰ひとりそんな様子も伺えなかった。
『アルバロ、とても楽しそうだね』
不確かな時間は流れながら形を変える。彼女の周りは特にそうかもしれない。
飽きた日常と比べたら自然と笑みが浮かんだ。
どうして今まで遊ばなかったんだろう。早くイリスちゃんに気づければ、愉しみ方も違ったのかな…
「それは楽しいし面白いからね」
『私もすっごく楽しい!』
魔法で造られた彼女は本人のように、こちらへと向けた微笑み。勝敗や犠牲のどちらにも興味はない。退屈しないなら俺はそれでいい。
『だからさ、早く帰ってきてよ』
「了解」
大切なのは如何に楽しめるかどうか。
隣について来る人型を気にせず、跳ぶように駆ける足が忙しなく目的地を目指す。
探し物が分からない、出口の見えない迷路。
その先に待つのは、覆い隠された彼女の真実。
予想外ばかりの非日常に身を浸すなんて快感は手放せない。
「お待たせイリスちゃん」
「さすがに、貴方は着くのが早いか」
暇そうに俯いていた姿は、駆ける音に気づいて静かに顔を上げる。
「さ、帰りましょ。アルバロ」
「そうだね」
今度こそ本物の彼女は、移り気な表情を一瞬で笑みに変える。大きな瞳に混ざる光から見出だしたのは、楽しさとほんの少しの寂しさ。
title by 夜風にまたがるニルバーナ