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君と僕の恋レシピ

二人で過ごせる時間はいつもとは違った意味で賑やかだ。

「ルル」

「生地は出来た?エスト?」

プーペに頼んで食堂の一部を借りている。テーブルに広げられた器具たちを使って、僕と彼女はクッキーを作ろうとしていた。

休日で街に向かう生徒が多い時間、静かになったそこで僕はレシピ通りにひたすら生地を作る。粉や卵などの材料を混ぜ合わせたり、こねたり。

あまり運動をしない身体は、早い段階から疲れを訴え始めていた。でも、力を込めなければ作れないのだから仕方ない。

隣で彼女は別の作業に勤しんでいたから、僕も慣れない作業へ必死に取り組む。

クッキーを作る簡単な作業とはいえ、思っていた以上に大変だ。お菓子を作るだけでこんなにも労力を必要とするのか。作り手の気持ち…一つ一つに思いが込められている有り難さが、少しだけ分かった気がする。

「これくらい、ですか?」

1番乗り気だった彼女は、火加減を調節してグツグツと何かを煮込む。果実の甘い香りとハーブの香りを漂わせる鍋をゆっくりかき混ぜていた。

「うん!ちょうどいいと思うわ」

軽く指で弾力を確かめて、手際よくラップに包み最後にふきんを被せていた。

「後は何をすれば…」

「生地を十分に寝かせて、型抜きをするの」

「分かりました」

形を適度に整えた生地を置き、へらを片手に歌を口ずさんでいる。

「何を作っているんですか?」

「ジャムの代わりに、ベリーのソースを作ってるの」

グツグツと音が響く。

混ぜる作業は止まることはなく、辺りによりいっそう甘い香りが満ちる。

振り返りもしないで返事をする彼女の視線は、未だに鍋の中へと向けられていた。後ろ姿だけでも楽しんでいる様子が伝わってくる。

「ルルのお手製ですね」

「好みに合えば嬉しいけど」

「きっと僕の好みだと思いますよ」

「…ならエストも味見してみる?」

差し出されたスプーンには透き通った赤。先程、彼女は味見をしていなかっただろうか…シンクに使われたスプーンはない。

「どうかした?」

「いえ、大丈夫です」

毎回と言っていいほどに、彼女のありのままの行動に驚かされる。顔に出さずに済むのも慣れからだが、本人に自覚がないなら今は流れに任せても構わなかった。幸い、二人きりのキッチンで騒がしい連中もいない。

「ちゃんと冷めてるから大丈夫よ」

「分かっていますから」

「はい、どうぞ」

「ん…っ」

口に広がる甘酸っぱさ。

よく彼女が食べている甘味を想像していたけれど、これは程よい甘さに酸味が加えられてちょうどいい味だ。

「ど、どうかしら?」

「美味しいですよ」

「よかったわ!じゃあ、型抜きもしましょう」

笑顔を浮かべる彼女の頬に赤が散っていた。どうやら、本人は気づいてないらしい。寝かせていた生地の型抜きに専念している。

「…っと、私にしては上出来だわ」

星型にくり抜いた生地を一面に並べ、オーブンで焼き上げる。その間にもアンティーク調の皿や、ソースを小瓶に移す作業で時間が過ぎ去るのも早く感じた。

焼き上がったクッキーは仄かに紅茶の香りを漂わせている。

「完成ー!いい感じに出来たわ」

「前に比べれば、綺麗に仕上がりましたね」

「ありがとう。エストが言うなら自信持てるわ!」

「…それは良かったです」

食べるものなんて、自分の分だけなら手の込んだ事はしない。誘ってわれたから一緒に作っていただけなのに、笑みを絶やさない様子は暖かみを感じる。当たり前のように家族がいて…一般的な生活が出来ていれば、小さな子供の時に感じたはずの気持ちなのだろう。

何か温かいものが触れてきたかと思えば、鼻先が触れそうな近さに彼女の顔がある。

「…ん……?」

唇に押し付けられたのは、出来立ての星型クッキーだった。

「エストも食べてみて!」

望まれるままに食べると、口に広がる紅茶の風味とソースの甘酸っぱさ。案外好みの味に仕上がっているらしい。

「美味しいでしょ?」

「とても、美味しかったです」

「当然よね!たくさん愛情を込めたもの!」

ぎゅっと抱きしめられて、首筋に掠める髪がくすぐったい。

「貴女という人は…本当に可愛らしいですね」

「エストにそう見えるなら、とっても嬉しいわ」

いつまでも離れる様子を見せない彼女は、このままでいるつもりなのだろうか。
「あの…ルル」

「どうかした?」

「せっかくのクッキーが冷めてしまいます」

「…あ、あと10秒だけ」

それから名残惜しそうに体を離す彼女の表情に、不覚にも少しだけ喜びを感じてしまったのは秘密。

「では、いただきましょうか」

「…うん!」

二人きりのお茶会が始まりを告げる。


title by 星になった、涙屑







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