闇夜の中に輝く光
変わらないもの、壊れないものなんて存在しない。
ありきたりな日常を壊すことで得られる時間。それが最も愉快で楽しいもの。
だからこそ、永遠なんて信じないと思っている。その矢先に彼女が現れた。どうやらミルス・クレアの守護役二人が連れてきたらしい。
さすが古代種が連れてきただけあって成績優秀、ルックスもよく明るい性格から周りに好かれている。
試しに接触してみれば手慣れた扱いで流す動作は、いい反応だと思う。見る度に笑っているのに、瞳だけは違う意味で細められているようだった。
そんなある日の夜。偶然その場面を見てしまった。
「レーナ・ルーメン。光の欠片よ、我が身を虚実に包み、夢幻を真実へ、
レーナ・アンブラー。闇の帳よ、陽を欺き唯一を惑わせ」
本来の姿を見せることなく、気まぐれに姿を変えるイリスちゃんは変わり者だとよく言われる。髪色や服装の系統さえも時折変化させているからだ。
真実を幻へと覆い隠した愚者の少女。
「覗きはよくないと思うよ?」
「君がこんな所で魔法を使うからでしょ」
「まぁ、そうなんだけどね」
答えを知っていたかのように、顔色を変えることはない。
「アルバロこそ、こんな真夜中に何故外にいるの?」
パジャマ姿の彼女はまたしても外見を変えていたらしい。一瞬だけ垣間見えたあの姿は、真実なのかもしれないと思わせた。
以前話していた時に邪魔だから髪は伸ばさないと言っていたイリスちゃん。普段は絶対に見られないだろう長い髪は、毛先にかけて薄紅色に染まっている。
「俺は退屈しのぎに遊びに行ってただけだよ」
「ふーん…アルバロならそんなものか」
「アレは君の本当の姿かな」
「ふふっ、貴方ならどう思う?」
「どちらだろうねえ」
嬉しそうに瞳を細めたは肩を抱きよせた。答えを待っている様子は、いつもと違い明らかに楽しんでいた。
「じゃあ、私が逆に聞いてあげる」
「イリスちゃんの質問なら大歓迎だよ」
「アルバロの本当の姿はどっち?」
その問いが示す意味は…
「太陽が照らす世界の姿?」
「世界で分けるなんて意味深だね」
「それとも、月が照らす世界の姿?」
考えているふりをして、俺はまた新しい玩具を見つけたと明日からの楽しみに身体を奮わせた。
何故知っているのか、それは些細な問題。魔法でならいくらでも覗き見は出来るし、目の前の相手は全てを見せていないのだろう。
優劣などわかるはずもないのに、日常とは大違いのイリスの魔力が辺りを満たしている。隠しきれないソレが波紋となって空に融けていく。
お互いに笑みを浮かべるだけの沈黙の空間。いつもの紫から赤に染まった瞳の奥で見え隠れする思惑は何も語らない。
答えを欲する姿は月光によって別の何かを映したように儚く綺麗に見える。
「レーナ・ルーメン…」
わざわざ自分から事を起こさなくても、楽しませてくれる存在はこんなにも身近にあったのだ。しばらく遊んでみる価値はあると判断して、わざと漆黒の姿に戻す事で答えを返す。
「やっぱり、その格好なんだ」
「そうだよ、似合うかな?」
レーナ・ルーメン…
先程かけたばかりの魔法を解いた本来の姿だろう格好を晒すイリスちゃん。
「いつもよりしっくりするね、アルバロ」
緩やかな風になびいた髪を抑えながら、見つめる瞳は楽しそうに光を宿している。
「それはありがとう」
「話し方は戻さないの?」
「今はまだ、とだけは言っておくよ」
「ふふっ……楽しみだわ」
「イリスちゃんはだいぶ印象が変わるね」
両手を頬に当てて、歓喜に表情を歪ませた彼女は背中を向ける。
「二人だけの秘密」
どのタイミングで戻したのか。いつの間にか彼女は魔法で姿を戻していた。
「貴方がイリスを捕まえる遊戯をしよう」
「それってただの鬼ごっこ?」
「アルバロが鬼の隠れ鬼」
知識としては知ってる隠れながら逃げる遊び。日常的に魔法を纏った彼女がさらに隠されている…つまり魔法を纏わない状態にも何かがあるという事。
「君は逃げ切れるつもりなのかな?」
「さぁね」
「曖昧な返事だなぁ」
「名前のように、いくつも真実は隠されてるよ」
イリス‐虹を意味する名前。言葉通り、秘密は一つではないらしい。
周りなら俺に仕掛けるなんて避けるのに、噂通り変わり者だ。それに真実という言葉が引っかかる。学校生活も飽きていたから楽しむにはちょうどいい。イリスちゃんに関しては分からない事もあるし余計に興味が湧いた。
「ふーん…なら楽しめそうだね」
穏やかな夜の密会。
「今この瞬間がゲームの始まり」
小さな呟きはどちらのものか、音を拾い、唇を歪めるのは…
月の光が満たす世界で、遊戯の始まりは告げられた。
title by 秋桜