あと何秒かかれば
いつかの自分に問いかける。
けれど、答えなんて一つしかなくて。
だから、言葉にしようとも思わなかった。
「ルルに質問してもいいですか?」
「それくらい大丈夫よ、エスト」
「……時間をかけても構いません」
‐貴女なら僕を忘れられますか?‐
「えっ」
「例えばの話です」
「び、びっくりしたわ!例え話なのね」
少し戸惑っていた彼女はすぐに笑顔を綻ばせる。記憶の書き換えは魔法を使えば簡単な事。性質上そういう類の魔法は、闇魔法が一番使われるものだ。
「それで?貴女は忘れられますか?」
「その答えをエストは知ってるわ」
まぁ、正直にいえば予想はついてる。
前向きにも程があるというくらい、貴女はポジティブな人。羨ましいくらいに楽天的な考え方が想像できる。
「例えばの話だと言ってるでしょう」
ただ残念ながら僕にはそこまで明るく考えられない。
絶望には慣れていても、希望を望める時は少なかったから。
「ねぇ、何かあったの?」
「別にそういう事は…」
ぎゅっ
そんな感触が身体を包む。自分とはちがう、甘い香りを近くに感じる。
「は、離してください!」
あれ程注意しておいたのに、ルルは頭を撫でる。指先が留めていない方の髪を梳いていく。
「離れないって、決めたの」
それから返ってきた言葉は、言い聞かせるような穏やかな声。
「何がきっかけで不安になったのかは知らないわ」
「だから、あれは例え…」
「私は貴方との未来を諦めない。それが答えよ」
自分と始まりは同じだった人。
無というだけで稀有であり、立ち位置も変わるはずだ。奇異な目で見る人々が大半で、よく一緒に過ごす彼らが珍しいだけ。
それでも貴女は自分を見失わなかった。だから知らずと人を呼び寄せ、話の中心にいるのだろう。
「何故、そこまで自信を持てるんですか」
「エストが一緒だから、でしょう?」
「………もういいです」
聞くだけ無駄という事ですよね。
何度も悩んで、その度に突き放した。けれど、その壁ですら壊してしまう。律が難しいとされる魔法よりも、僕には解らない事象。
「質問は聞かなかった事にしてください」
「問題は解決したの?」
「ルルのおかげで、心配するだけ無駄だと分かりましたから」
「それなら安心ね」
希望に溢れた彼女は、慈愛に満ちた微笑みを見せる。こんなに近くに感じて、離れなくてはと思うのに離れたくない、名残惜しさを感じてしまう自分がかなり恥ずかしい。
こんな接触ですら、心臓は煩くなるばかり。その事を貴女は知らない。
結局は守りたいと思った存在に、折れそうな心が守られていたのだ。
「エストが不安がると、私が心配で仕方ないもの」
「それは僕の台詞です」
相手が大切だからと危険な事でも手を伸ばすのは誰ですか。その度にどれだけ焦るか、貴女は分かってないのでしょう?
自分の事でもないのに、喜んだり泣いたり。感受性に富んでいるとこんなにも違うのだと実感させる。
「そもそも、ルルが規格外なんです」
「それは褒め言葉かしら」
「どうしたら、そう聞こえるんですか」
規格外、なんて言葉。褒めている要素はどこにもなかった。率直に今まで会ったことがない類だと、ルルが初めてだと伝えたかっただけなのに。
「今の言葉だとエストの特別って事だもの」
「………帰ります」
するりと腕の中から抜け出し、寮へと向かう。
「あ、エストっ」
「待ちませんよ」
「ふふふっ、照れてるの?」
「照れてません!」
今更、振り返る訳にもいかず早歩きで部屋を目指す。
僕だけでは無理でも、貴女となら幸せな気持ちになれるのかもしれない。
質問してしまうくらい、不安に覆われていた気持ちは晴れていた。
時を分かつことなく、共に過ごす未来が在るのだと信じられる今。
ルルがいたから、僕は救われた。
あと何秒かかれば、あなたは忘れられますか?
title by 確かに恋だった