突然だが、今日はおれの誕生日だ。


デジタル時計がぴったり0:00を表示した瞬間嵐のように鳴り響いた携帯電話は、面倒臭くて画面の確認もせずにデスクの上に放り投げた。いちいち対応なんてしていられない。どうせほとんどが会社の部下や取引相手の社交辞令だ。
大体にして、この歳で『お誕生日おめでとう』なんて嫌味でしかないだろう。またひとつジジイに近付きましたね、とほぼ同意だ。そんなもんに笑顔振り撒いてアリガトウなんて言えるものか。


ベッドに横たわって、チカチカと点滅を繰り返す携帯電話を見つめる。持ち主の気持ちに反して勝手に盛り上がっているそいつが、なんとなくあのピンクの毛達磨に似ているようで不快だった。
そういえばあいつは、今日がおれの誕生日だということを覚えているのだろうか。去年も一昨年もなんやかんやで一緒に過ごしてはいたが、あの鳥頭が果たしてそれを記憶しているだろうか。


どうせ覚えてはいないだろう。なんでもかんでも記念日にしたがる若い連中と違って、おれもあいつもいい歳だ。加えてそういった行事には無頓着な方だ。
正直おれだって、あいつの誕生日を即答出来るかと聞かれれば、答えはノーになる。
だからあいつからの『おめでとう』を期待するのは止めにした方がいいのは分かっている。分かっている、けれど。


「……アホか、おれは」


自虐的な台詞は枕に吸収される。馬鹿馬鹿しい、どうしておれはあいつからの電話を待ち望んでいるのだろうか。さっき自分で誕生日祝いを否定したくせに、それでも奴からの言葉を求めている。本当に、馬鹿馬鹿しい。


「……!?」


ばたん、と大きな音がした。玄関からだ。ぺたぺたと廊下を歩く音、ガラガラと車輪の回転する音がそれに続き、やがておれのいる寝室の前で止まった。何者かはがちゃがちゃとノブを回すが、鍵が掛けてある為に扉は開かない。暫くそうしてから、諦めたのかぴたりとノブが動かなくなった。


次の瞬間、寝室のドアが見事に大破する。


「……お、いたいた」


にんまり、足を上げたまま笑った男は相変わらず趣味の悪いピンク色のジャケットを羽織っていた。蹴倒されたドアはばきりと音を立てて奴に踏み潰され、続いて黒い大きなキャリーバッグが上を通る。
当たり前のように寝室に侵入してきた男は、最悪なことに先程までおれが電話を望んでいた相手だった。


「いるならさっさと鍵開けろよ、蹴り破っちまっただろ」
「ドフラミンゴ……てめェ、何しに来やがった」
「酷いこと言うなァ。クロコちゃんのお誕生日祝う為に、出張先から飛んで帰ったきたっつーのにさァ」


けらけら笑って、ドフラミンゴはおれの横たわるベッドに腰掛ける。体重のある分大きくスプリングが跳ね、おれ自身も揺れた。


「帰るなら電話の一つも寄越せねェのか」
「だって、どうせ何日か前から携帯放ってたろ。人気者はバースデイメールも酷いだろうからな。現にデスクで寂しくしてんじゃねェか、ホラ」
「………」


ドフラミンゴは長い足でデスクの上の携帯を蹴る。かしゃん、と床に落ちたそれは未だに着信を受けて光っていた。


「…あれ、クロコちゃんすげェ不服そうな顔してんな」
「…誰のせいだと思ってやがるんだ」
「え、おれ?でもさ、仕事投げてお祝いに帰ってきてやったんだからドアの一つくらい安いもんだろ」
「そういう、問題じゃ…」


おれの顔を覗き込み、ドフラミンゴは眉を寄せた。サングラス越しでないブルーの瞳は珍しく何も企んではいないようで、ただおれの機嫌をはかろうという意図だけを孕んでいる。


「なァクロコちゃん」
「…なんだ」
「おれがハジメテだよな?」
「……妙な言い回しすんな気色悪い」
「お誕生日おめでとう」


ぽつり、小さく呟かれた言葉はおれが待ち望んでいたもので。この言葉を聞きたいと、こいつの声でこれを言われたいと、おれは願っていたのであって。
黙ってしまったおれを見て、ドフラミンゴは嬉しそうに口角を上げた。いつもみたいな反吐の出るようなものではなくて、純粋すぎる優しい笑みだ。


畜生、内心で物凄く喜んでいる自分が嫌だ。


「……」
「覚えてないと思ってたんだろ。お前の誕生日くらい、いい加減覚えるっつの」
「……そうか」
「何歳になったんですかァ社長、なんて聞くのは止めといてやろう」
「てめェな」
「おめでとう、クロコダイル。お誕生日はまだこれからだぜ」


だからまだ寝るな。おれは体をゆっくり持ち上げられ、ドフラミンゴの隣に座らされる。
いつの間にか奴が手に持っていたのは、薄い箱。ラッピングの施されたそれの中身はシガーカッターらしかった。


「今使ってるヤツ、結構長いだろ?そろそろ替え時だろうと思ってな」
「……あァ」
「あとコレ」
「…チョコレート?」
「葉巻に合うんだと、知ってたか?お前あんま甘いの得意じゃねェもんなァ。おれも酒と一緒に食うから、後で試してみようぜ」


楽しげに渡されたそれらが、おれは柄にもなく嬉しかった。こんな歳で、誕生日ではしゃぐなど思いもしなかった。


寝室のドアはお陀仏したし、奴が引いてきたキャリーバッグのせいで恐らく廊下は傷付いただろう。誕生日なのにとんだ大惨事だ。
けれど、こうして今を過ごせていることがとても嬉しい。おれの誕生日を覚えていてくれたことが、わざわざ帰ってきてくれたことが、どうしようもなく有り難かった。


こんな記念日なら悪くはないと、おれは緩む口元をもう止められなかった。




「…ドフラミンゴ」
「ん?」
「………、なんでもねェ」
「…はいはい、ドウイタシマシテ」






*****
社長お誕生日おめでとうございますー!!
デレ全開すぎて誰だお前…!な社長もたまにはいいんじゃないかなと。
それにしてもシガーカッター、調べてみたらお洒落なものがたくさんあって胸きゅんでした(´+++`)
(20130905)


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