夏休みとは名ばかりの、八月十日。健全な高校生ならば誰もが、海だプールだ祭りだ恋だ、ひと夏の思い出作りに勤しむものなのだろう。しかし生憎、成績不振者にとってこの盆前の数日間は丸々再試験に割り振られることとなる。
教師というのは残酷なもので、夏に浮かれる馬鹿に容赦なく現実を叩き付けるのだ。


再試験三日目のこの日、控える午後の数学の為に、シャチとペンギンは茹だるような暑さの教室へと縛り付けられていた。否、本来ならここに居るべきなのはシャチだけであり、ペンギンはただの哀れな被害者であるのだが。


「……んーと、ここにy入れりゃいいの?」
「違うそこはzだ、問題文よく読め。ついでに言うとxの定義域も違う」
「え、は、どういうことだ?あれ?」
「だから、ああもう……ほら、もっかい初めから解き直せ」
「えええええここまでの努力は!?」
「水の泡だな。お前な、昨日の夜までに公式くらいは詰め込んで来いと言っただろうがお前の脳には何が入ってるんだコラ」
「だぁぁぁあもううるせェな!!頭空っぽの方が夢詰め込めるんだよ!!!」
「その夢を叶える為のスキルは何処に詰め込むんだこの馬鹿」


ペンギンが丸めたノートでシャチの頭を叩けば、パコン、軽い音がする。本当に中身が無いのかと一瞬戸惑いつつ、ペンギンは溜め息を吐いた。


「誰の再試験に付き合ってやってると思ってるんだ。おれは本来なら冷房ガンガン付いてる部屋でアイス食ってる筈だったんだぞ」
「それは、…悪いと思ってるけど」


分からないモンは分からないっつーの。ぼそぼそと話すシャチはもう半ば投げやりになっている。本人がそれではどうしようも無かろうにと、ペンギンは眉間の皺を濃くした。


赤点だらけなシャチの為、ペンギンやバンにロー、果てはキッドやキラーまでもがそれぞれ得意教科をシャチに教えているのだ。各教科の再試験日にはこうしてギリギリまでタイマンで詰め込み作業を行っている。
数学を得意とするペンギンは、シャチのあまりの点数に目眩すら覚える程だった。それが少しでもマシになるようにと、昨夜から自作のプリントまでこさえて来たというのに。


「…お前な、本当に再試験受かるつもりでいるんだろうな」
「当たり前だろ!みんなが海に行ってる中、おれだけ一人で勉強合宿なんて嫌だ!」
「ならもう少しやる気を見せろ、ほれ」


シャチの目の前にプリントを突き出せば、ぐうと喉の奥を鳴らして困ったような顔をする。渋々受け取ったかと思えば、一問目から躓いたのかシャーペンが動く気配は無い。
ペンギンがじとりと視線を向ければ、大袈裟に肩を揺らしたシャチが慌てて口を開く。


「お、おれはやれば出来る子なんだよ…」
「違うお前はやらなきゃ出来ない子だ、言い方ひとつだがニュアンスが全く違う!」


出来ないなら量をこなすしかない。午後の試験まであと二時間弱、せめて簡単な演習くらいは出来るようにしてやらねばならない。
ペンギンが使命感を覚えつつ、シャチにもう一度公式を確認するよう指示したところで、ふいにシャチのケータイが鳴る。
ちらりと様子を伺うシャチに、ペンギンはこくりと頷いてみせた。


「…もしもし?」
『よおシャチ、数学頑張ってるか?』
「ろ、ローさん…!!が、頑張ってます!!」


電話の相手はローだった。途端に背筋を伸ばして目を輝かせるシャチに、ペンギンは数度目の溜め息。ローが何か焚き付けるようなことを言ってくれれば良いが、と思案しながら僅か聞こえる会話に耳を傾ける。


『あんまペンギン困らせねェように。スパルタは嫌だろ?』
「は、…はい…」
『数学に手応え感じたら褒美だ、今日海でバーベキューでもするか。試験終わってからペンギンと来いよ。とりあえず今週は今日で一区切りだろ』
「え、バーベキュー!?うおおお頑張ります絶対頑張ります!!!」


勢いよく椅子から立ち上がったシャチ。簡単な奴だと呆れながらも、これでやる気を出してくれるなら何でも構わないかとペンギンは苦笑する。


電話の向こうでローの笑う姿が目に浮かぶようだ。相変わらずシャチの扱いには慣れているらしい。じゃあな、という声を最後に途切れたケータイを握り締め、シャチは立ち上がったままペンギンを見下ろした。


「…よっしゃやるぜペンギン!!!」
「……初めからそんくらいの気合い見せろ」


さて、これならスパルタでも耐えてくれるか。
ペンギンのにんまりとした笑みの本意に気付かぬまま、シャチは打倒数学の旗を漸く掲げたのだった。





*****
祝ハートの日!わちゃわちゃしてるハートクルーが大好きです!
この後ベポたんやバンさんも加わって大バーベキュー大会(という名のシャチテスト反省会)が行われます。

(20130810)


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