久しぶりに上陸した島で、キラーはふらりと花屋に立ち寄った。男所帯な為、普段なら見向きもしないが、ふと目に留まった看板の文句に心を引かれたからだ。
[1月31日は愛妻の日!大切な人にお花を贈ってみてはいかがでしょうか?]
ドライフラワーで飾り付けられたその丸っこい文字を、仮面の下の瞳がじっと眺める。
キラーには一応、恋人と呼べる人がいた。…一般的な関係とは、言えないけれど。
お互いに海賊、敵船同士、男同士という関係で、本来なら許されない、所謂禁断の恋だった。
キラーはぼんやりと、頭の中に恋人の姿を思い浮かべる。その彼に花束を渡す自分を想像して、…やめた。違和感の塊すぎる。
そもそもいつ会えるか分からないのだ。
きっと、次に会う頃には枯れてしまっているだろう。
それでも一度店先に立ち止まってしまったからには、何も買わずに去るのは失礼というもの。渡す渡さないは別として、花束くらい買ってみても罰は当たらないだろう。
目立つ仮面を外してから、キラーは店の中へと足を踏み入れた。
***
キッド海賊団の船に戻り、自室で一息つく。
花屋の若い娘はにこにこと微笑みながら、それはそれは可愛らしい花束を作ってくれた。
「奥様宛てですか?」との問いには、「…恋人宛てだ」とだけ返しておいた。娘の「彼女さん喜ばれますよ」、という言葉には曖昧に笑う。相手が男とは知らないのだから、仕方がないのだが。
自分のデスクの上に置かれた花束をちらりと見て、それからなんとなく落ち着かなくて珈琲を一口飲み干す。
カップを置いた瞬間、ドアをノックする音がした。なんだ、と声を投げると、失礼しますと船員の一人がドアを開ける。
「どうやら、ハートの海賊団がこの島に上陸した模様です」
「……!」
偶然にもほどがある。この場合運が良いというのか、…いや恐らく良いのだろう。ペンギンに会えるのだ、悪いことのはずがない。
キラーはこくりと頷いて、どうせ向こうの船長に呼び出されるであろうキッドの支度をしなければ、と立ち上がった。
***
「久しぶりだなユースタス屋ァ!!会いたかったか?」
「うっせぇ離れろクソファルガー!んな訳ねェだろ!!」
この前再会した時とほぼ変わらないやり取りをして、ギャーギャー騒ぐ船長二人。
あれが彼らの最大限の喜びの表現方法なのだと、馴れた今ではいちいち確認もしない。あの二人は、既に周りなど見えていないのだろうから。
キラーは横目にキッドを見て、暫くは放っておくべきだろうと決定する。そんなキラーに気付いたローが、にやりと口角を上げて口を開いた。
「ペンギンなら奥だぜ。ゆっくりしてけよキラー屋」
「…ああ、すまない」
ローの言葉に頷いて、キラーはハートの海賊船の奥へと足を進める。
「キラー屋もああ言ってるし、な、ゆっくりしてけよユースタス屋」
「あ?…あー、はぁ…」
「…ノリ悪ィな。そうだ、今日が何の日か知ってるか?」
「…今日?」
「そう、今日はな―――」
遠くなる会話を背中に聞きながら、キラーはペンギンに会える喜びを一歩ずつ噛み締めていた。
***
「…久しぶり、だな…キラー」
「ああ、久しぶりだ」
「入れよ、…ゆっくりしてくといい」
久しぶりのペンギンは以前と変わりなく、帽子を目深に被ってキラーを部屋へと導いた。
相変わらず表情は読めないが、珍しくほんのりと染まっている頬が、キラーに会えた喜びを表している。
「珈琲?」
「…いや、紅茶で」
「珍しいな」
「珈琲はさっき自分の船で飲んだんだ」
ペンギンの部屋には、もう何度か訪れている。キラーの定位置は、ソファー代わりのベッドの右端だった。
いつものようにそこに座って、ペンギンが飲み物を淹れてくれるのを待つ。キラーはこれだけで、充分すぎるくらいには幸せだった。
「ん、ちょっと熱いかも」
「ありがとう」
手渡されたカップはキラー専用だ。湯気を立てるそれを眺めていたら、キラーのすぐ隣にペンギンが座る。
こうして何をする訳でもなくただ寄り添って、他愛のない話をしたりする。それがキラーとペンギンの大切な時間だった。
「なあ、ペンギン」
「ん?」
「今日が何の日か知ってるか?」
「……あー、なんか船長が言ってたな」
ユースタスにやるとか言って、大量に花を買い込んでた。ペンギンはぽつぽつと呟く。
「でも、何の為の花かは知らないな。今日は何の日なんだ?」
「語呂合わせで、『愛妻の日』だそうだ」
「…『愛妻』、ねぇ…それでユースタスに花贈るって張り切ってたのか」
どこか苦く笑うペンギンを、キラーはちらりと見た。そして、なあ、とまた声をかける。
「…なんだ、キラー」
「これ、お前に」
キラーが取り出したのは、小さな花束。ペンギンは、差し出されたそれにぱちりと瞬きを繰り返して、え、とかあ、とか唸る。
「ま、待てキラー、今日は『愛妻の日』なんだろ?」
「ああ、だからお前に」
真っ直ぐに見つめるキラーの瞳。普段の仮面からは隠れてしまうその綺麗な輝きに、ペンギンは何も言えなくなり、そしてそっと息を飲む。
「……ありがと、う」
「…ん」
ペンギンが受け取ると、キラーは嬉しそうに微笑んだ。きゅっと握られたお互いの右手と左手は、ひどく熱を持っていた。
***
キラーと、ローからの大量の花を持ってキッドが船に帰った後。
ペンギンは部屋で一人、先程キラーに貰った小さな花束を眺めていた。
可愛らしい黄色や桃色や白の花達が、寄せ集まってふわりとした色紙にくるまり、水色の柔らかいリボンで留められている。
花束を握り締めながら、思い浮かぶのはこれを贈ってくれた金髪のことばかりだ。
あの男からの土産にしては随分と可愛らしく、そして甘すぎた。
嬉しいと、思った。自分達の関係は船長達のそれよりも複雑で曖昧で、世間一般の恋人の定義にはきっと当てはまらなくて。
それが『愛妻』なんて、そんな固定されたものに、なれていたなんて。
ペンギンは、身体中の血が沸騰するような感覚になった。熱くて熱くて敵わない。
座り込んで、唯一冷たい自分の掌を頬に押し当てる。じゅう、と音すらしそうだった。
「…っ、くそ…」
しゃがみこんだまま、ペンギンは緩んだ頬がもとに戻るのをひたすら待った。
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花屋さんで愛妻の日の看板見かけて、ああ、キラペンだ、と(笑)
ちなみにキドロかロキドかは微妙^^
バカップル結婚しろ!!
(20120404)