少し前から、煩い阿呆鳥を飼い始めた。いや、飼うと言えば語弊がある。正確には勝手に家に住み着かれた、と言うのが正しい。


おれはとあるマンションの最上階をワンフロア丸ごと貸し切って住んでいる。セキュリティは万全なマンションだ。キーが無ければエントランスにも入れない筈なのだが、その汚ならしい男はだらしなく舌を垂らして、エレベーターの前に座り込んでいた。


警備員が駆け寄らないあたり、正面からきちんと手順を踏んで此処に居るのだろうが、それにしたって場違いだ。ニタニタと笑うそれは不気味な不審者以外の何者でもないというのに、このマンションのセキュリティも考えものだと眉間を押さえる。


こういうのには関わらない方が良い。おれは完全にその男を意識から切り離し、二つ並ぶエレベーターのうち男が凭れていない方へと乗り込む。扉が閉まる直前、こちらを振り返った男の顔が視界に僅か入り込んだ。サングラスの奥の瞳は、やけに光って見えた。



―――――



「……」


なんでだ、どうしてだ、なんなんだこいつ。
エレベーターで上がった先、開かれた扉の向こうには自宅の玄関に続く廊下が現れる筈だったのに。目の前に居たのは先程の胡散臭い男だった。
無言で睨み付けても意味を成さない。男は気色の悪い笑みを崩さず、ただおれを見る。


「なァ、おれを拾ってくんねェ?」


掠れた声がフロアに響く。吐かれた言葉は意味不明だ。自分が捨て犬だとでも言いたいのだろうか。


「…拾う、だと?」
「ああ、つっても別に何も要らねェよ。寝床だけくれりゃいい」
「…おれにメリットは」
「無いかもな。でも別にアンタの邪魔はしないぜ」


この広い家に一人ぼっちじゃ寂しいだろ。男は笑う。喉の奥でくつくつと。
こんな提案飲める訳がない。見知らぬ男を家に置けなど、誰が易々とオーケーするか。
けれどここで断った所で、この男は恐らくこれから毎日おれの前に現れる気がした。先程サングラス越しに見えた瞳の光は、獲物を捕らえる猛禽類のそれだった。


「……おれの邪魔はしねェと誓え」
「おう」
「住む場所はやる。だがその他に関しては知らねェ、余計な詮索も互いにナシだ、いいな」
「勿論だ」


こくりと大きく頷いた男を、おれは上から下までじっくりと見定める。見窄らしいようで、衣服のブランドは全て統一されているようだった。それも有名な、なかなかに高価なものだ。
エントランスに居ても追い出されない時点で、この男がただの一般人で無いのは薄々感じてはいたが。


何処かのライバル企業の社員で、おれから会社の情報を盗もうとでもしているのかとも思ったが、それは恐らく違うだろう。それならばもっと賢い方法をとる筈だし、おれは家に機密情報は持ち込まない主義だ。見られて困るものも取られて困るものも特に無い。


「…お前、名前は」
「ドフラミンゴ。アンタはクロコダイル、であってるよな?」
「……あァ」
「よろしく、クロコちゃん」
「………」


余計な詮索はしない、干渉はしないと決めた早々で恐縮ではあるが、ある程度の躾はしてやるべきだろうか。してやってもバチは当たらないだろう。


おれは堂々と玄関に入ろうとするその図々しい背中を、思い切り蹴り飛ばしてやった。





(20130726)


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