ドフラミンゴの不在時、暇潰しに地下の女と話すようになってから一月が経った。
話すと言っても楽しく談笑をする訳では無く、こちらが一方的に話すだけである。女は声を出さないからだ。喉を潰されてはいないものの、あれだけ口喧しい男に拾われた手前、ある種の抵抗なのだろう。


おれがどれ程優しい声色を使ってやっても、逆に低く唸るように罵っても、女は何も言わずに真っ直ぐおれを見た。
あの美しい紫で、おれの姿を捉えた。


「おい」


今日もまた、呼び出した癖に待たせる阿呆鳥が来るまでの時間潰しに、おれは女の部屋へ来た。相変わらず細身のドレスに白い四肢を包み込み、腕には錆び始めた鎖を繋いでいる。ゆらりと向けられた視線には、未だに光が宿っている。まだ喰われてはいないらしい。
ずかずかと歩み寄り、女の座るソファに腰掛ける。薄汚い部屋で唯一掃除の施された形跡があるのはソファの上のみだ。他の場所へは移動もしないのだろう、女は何時だって其処にいた。


「…お前、此処から逃げたくはねェのか」


これを言ったのは何度目か。女は他に何を言っても眉ひとつ動かさないが、この問には少しだけ身体を揺らす。勿論毎回返事は無いけれど、それでもこの女の中にはまだ此処から出たいと望む心があるのだと思うと口角が引き上がるのを止められない。


自由になりたいともがくことは美しい。それを止めれば人形も同然だ、おれは二度とこの女の元へは訪れなくなるだろう。さっさと片付けてしまえと、あの大男に言うかもしれない。


「……クハハ、そうして揺らぐのは悪くねェ。まだ手を付けられちゃいねェんだろう、諦めずに願い続けると良い」


女に意味の無い励ましは送る。しかし手を差し伸べはしない。
女は自由になりたがっている、どうか逃がしてやってはくれないか…、おれがそんな風にドフラミンゴへ話を持ち掛けることは有り得ない。そんな面倒に関わるのは御免だ。


「……、」


ひゅ、と。女の喉が空気を吸い込む音がした。すぐ隣から聞こえたそれに少しばかり驚き、おれはちらと女を見る。真っ直ぐな紫の瞳はおれを見て、薄い口を微かに開いていた。こほ、と掠れた堰を出して、女がこくりと喉を動かした。


「…お前、」
「……わた、しを」


からからに掠れた声は色気も愛らしさも感じられないものだった。長らく声を発していなかったのだ、当然といえば当然である。
それよりも答えを返そうとするその行動に新鮮味を感じ、おれはゆっくりと続く言葉を待ってやった。


「……」
「わた、し、を……、だ、いて」
「……ア?」
「あの、ひとは……きっと、すて、るから」


私を抱いて。そうすればあの人は興味を無くす。手を出さずに囲っていた女を、知らぬ間に他人に抱かれたとなれば、きっとあの人は私を棄てる。だから、どうか、どうか。


女が言いたいのはつまりそういうことだ。おれに抱かせて此処から自由になろうとしているのだ。なんて浅ましく厚かましいのか。


「…断る。おれはお前みてェなのは好みじゃ無いんでな」
「…、……」
「第一、あいつが価値の無くなったお前を生きて逃がすとでも?別の店に売り飛ばされるか、見世物にされるか、精々殺されるのがオチだ」


あの男の悪趣味は多岐に渡る。死んだ方が幸せな所に人を売ってみたり、死んだ方が幸せな状態で見世物にしてみたり。大抵その道を辿るのは元々奴の気に入りだった連中だ。好きだった物に興味が無くなると、嫌いな物にするのよりも酷い仕打ちを与えてみたくなる。そんな屑のような男だから。


「自由になりたいんだろう。なら今はこの場所を甘んじるべきなんじゃねェのか」
「……なら、いっそ、あなたがわたしを」
「殺さねェ。生憎おれも奴の『気に入り』なんでな」


あの男に飽きられて、虫のように這いつくばることはしたくない。おれの言葉を静かに受け入れた女の揺れる紫を眺めながら、口に葉巻を咥えた。もう話はお仕舞いだとばかり、コートの埃を払って立ち上がる。
それと同時、コンコン、上司の帰還を伝えに来た名も知らないカジノの従業員が扉を叩いた。


「悪いな、助ける気になれなくて」
「………」
「あァ、それともうひとつ。お前が自由になれることを、心から祈ってるぜ」


振り向き様、笑い混じりに呟く。ひたり、女の瞳がきつく閉じられるのを見た。
震える睫毛に、嗚呼この女なら抱いてもいいかという感情が、ちらりと脳内を掠めて、霧散した。





*****
こっそり続きました。
(20130615)


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