たまには遠出して桜でも見に行くのはどうだろうかと、提案したのはペンギンの方だった。自分もさることながら、普段徹底してインドア派な彼がそう言ったことがどうにも意外で、キラーは思わず首を捻る。
「…桜?」
「桜。お前あんまり見たこと無いんだろ」
キラーの出身地は南の島だ。確かに桜など滅多に見たことは無かった。基盤が年中夏の気候であるそんな地に桜の並木は存在せず、遥か遠い何処かの風景を映す画面の向こう側でしか、その美しさを見ることは叶わなかったのだ。
「おれもな、ガキの頃は桜なんて見たこと無かった。田舎から出てようやく桜を見たんだが、その時はまあ、こんなものかって感想で…特に感動も無かったんだけどな」
ペンギンは旅行ガイドの冊子を捲りながら、記憶を辿るように視線を落とす。伏せられる睫毛を見ながら、キラー自身も手にしていたガイドを開いた。
「何年か前ローさんに勧められて、シャチと一緒に馬鹿デカい桜の木を見に行ったことがある。普通の桜の倍くらいありそうな、…実際にはそこまで無いかもしれないけど、その位デカく見えたんだ。満開で、花弁が降って、きらきらしてて、…この世の物と思えない程、綺麗だった」
目を閉じて、情景を思い浮かべる。光に反射する花弁の一枚一枚、空に広く伸びる枝、桜色に染まる視界。
キラーがじっと黙って聞いていると、ペンギンはふっと口元を緩ませた。
「お前にも見せたい」
キラーが思い腰を上げるには、十分だった。
朝からキラー自慢の車を走らせて、真昼を1時間程過ぎた頃、ようやく助手席のペンギンが案内を止めた。そこの空き地へ、と促されるままに、キラーは赤い車体をゆっくりと駐車させる。
数時間ぶっ通しの運転で疲労はあちらこちらに現れていたけれど、先を急ごうとするペンギンにはどうでも良いことのようだった。
「ここからちょっと歩くぞ。…おい、聞いてるか?」
「…ああ、問題無い…」
腰をさすりながらペンギンの後に続き、緩やかな山路を登る。青々と茂る緑の木々は疲れた目を癒してくれたけれど、肝心の桜の姿は未だ認められない。狭く細い一本道を、ペンギンは迷うこと無く進んでいく。
やがてキラーが休憩を申し出ようかと本気で思案し始めた頃、ペンギンは振り返った。
「着いたぞ」
ペンギンに譲られて、道の真ん中に立つ。開けた視界に飛び込んだのは、話の通り、高く広く大きくそびえる一本の桜だった。
散った花弁は足元を一面薄いピンク色に染めて、はらはらと風に乗ったそれらが舞い上がって青空に吸い込まれる。思わず一歩二歩と踏み出し、木の真下から見上げた。ざあっと大きな風が吹き、キラーの視界を揺らす。ペンギンが見たのもこれなのだろうか、この景色を、自分に見せたいと思ってくれたのか。
キラーがペンギンの方を見ると、花弁に囲まれたペンギンが優しい瞳をこちらに向けていた。そして小さく吹き出し、ゆっくりと歩み寄る。
「自慢の金髪にたくさん絡んでるぞ」
ふわふわと緩く髪を撫でられると、確かに頭上から花弁が降ってくる。しかし愛おしげにそのひとひらを摘まんでいるペンギンの黒髪にも、同じようにピンク色は降り積もっていた。
「…綺麗だな、ペンギン」
「そうだな」
「桜も、お前もだ」
「……おれのセリフだ」
握ろうとした掌は逆に握り返されて、キラーは少し驚いてから笑う。頬を染めたペンギンは、いつものように少しだけ口角を上げた。
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いつも仲良くして下さる恭ちゃんへ捧げます。お誕生日出遅れてごめんなさい大好きです!
(20140426)