おれは公立高校で数学の教師をしている。
今の学校には勤めて五年目。おれの学生時代のあだ名がペンギンだと知った一人の生徒が『ペン先生』と呼び始め、全校にじわじわと浸透していったお陰で、おれは五年目という威厳に欠ける可愛らしい名を背負う羽目になった。


住んでいるのは築八年のマンション。高校までは二駅ほど離れており、近くにコンビニや図書館もあるなかなか良い土地だ。
そこに一人暮らしをしていた。つい最近までは。今は、妙な同居人がいる。
名前をキラーという、長い金髪に外人みたいな顔立ちの男だ。おれのマンションと程近い場所にある大学に通っているらしい。


なんでおれがこの男と同居しているかというと、話は今年の三月まで遡る。
雪も溶け、誰もが新しい環境を迎える準備をする時期だ。おれの住むマンションにもやはり新しい入居者が入り、何人か挨拶にも来た。大家の話によると、どうやら空き部屋はついにゼロとなったとか。賑やかになっていいですね、と笑顔を交わしたのを覚えている。


そんな折り、ある男がおれの部屋を訪ねてきた。必死に頭を下げ、どうかこの部屋に同居させてくれないだろうかと言ってきたのが、キラーだった。前住んでいたアパートが差し押さえられ、色んな物件を慌てて探したはいいが、もうどこも空きは見付からなかったそうだ。大学に近いここのマンションは、バイトをしながら生活する学生には他に無い好立地。どうしてもここに住みたいと、半ば涙目で迫られては強く拒絶も出来ず。
何より人の良い大家が、おれさえ良ければ住まわせてあげてくれないかと相談を持ち掛けてきたのだ。大家にはおれも随分世話になっているし、助けてやりたい気持ちはあった。


長時間話し合いを続け、結局。
おれの邪魔はしない事。飯の準備はキラーが受け持つ事。おれが出ていけと言ったらすぐに出ていく事。家賃の1/3はキラーが払う事。などなど諸々の条件を設けた上で、キラーとの同居が始まったのだった。


「ただいま」
「お帰り、ペンギン。飯出来てるぞ」
「ああ」


家に帰れば、真っ先に玄関まで迎えに出てきてくれるのは、お玉を掲げて笑うキラー。新婚みたいだと一瞬でも思ってしまうのが悔しい。しかしキラーの作る飯は旨いのだ。そこらの店で食うよりずっといい。一人で暮らしている頃はコンビニで済ましていたから、近頃は健康的になった気がする。


「今日はバイトじゃないのか?」
「あんたと食ってから行こうかと思って」
「そうか。何時までだ」
「日付変わるまでには帰れると思う」


テーブルに並ぶ、温かい料理。視線を少しずらした先、ソファ前のデスクには山のように積まれた本と書きかけのレポートがある。キラーは情報工学を専攻していた筈だ。


「…勉強、大変そうだな」
「ん?…ああ、まあ。けど楽しいから」


やりたい事をやれているから幸せなんだと、キラーはいつもそう言う。それを聞くたびに、おれは感心してしまうのだ。


「それもこれも、ペンギンのお陰だ」
「は?」
「あんたがここに住まわせてくれるから、おれはバイトも勉強も出来てるんだ。本当にありがとう、ペンギン」


ご飯茶碗を手渡しながらそんな事を言われて、思わず手が滑りそうになった。危ないな、と注意されたがお前のせいだと言いたい。真っ直ぐ素直に礼を言われるのには慣れていない。


「…おれは別に、」
「見知らぬ男と住めなんて、なかなかの無茶を言ったのは自覚してる。正直受け入れてくれるとは思ってなかったから、本当に感激したんだぞ。あんたみたいな大人がいるんだなって」
「………」


よくもスラスラと人様を誉め殺し出来るものだ。もはや才能だな。皮肉めいた台詞すら吐くのが億劫になる程、キラーの目は真剣で、純粋におれを慕ってくれている。


「おれも、…感謝は、してる。自分じゃ飯なんて作らなかったし、掃除だって半年に一回するかしないかだったし」
「ペンギンは周りに目がいくくせに、自分の事は疎かなんだな」
「…五月蝿い」
「これはある種の誉め言葉だぞ?」


にこにこ、キラーは楽しそうに笑う。それにつられておれも笑う。


最近生徒に「優しくなりましたね」と言われた。「毎日楽しそうだね」、とも。彼女でも出来たのかと疑われた程だ。
彼女なんて可愛くてふわふわしたもんじゃない。けれどそれに近い何かはある。
その存在がキラーだなんて、本人にも生徒達にもとても言えやしないが。


「じゃあそろそろ行ってくるな、ペンギン」
「ん、いってらっしゃい」


バイトに出掛けるキラーを見送るのも、もう日課となってしまった。本当に所帯染みている。けれどそれが悪くない事だと思えるくらいには、おれはこの生活を愛しく思っている。


「……楽しそう、ね」


確かにおれは楽しんでいる。この同居人との日々を、何よりも。いっそ愛しくさえ、感じている。初めは不安しかなかった同居生活だが、いざ暮らしてみればキラーのお陰で得たものは大きかった。


ふと下に目を向けると、エントランスから出たらしいキラーを見付けた。ふいにこちらを見上げたキラーと目が合う。小さく手を振り微笑む姿はいつもと同じ筈なのに。
ぶわ、と急に熱を持った頬に自分でも驚く。どくどくと脈打つ心臓が痛いくらいだ。ああ、もう、これは後戻り出来そうにない。





*****
恋人未満、同居人以上な曖昧キラペン。


(20130427)


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