真っ赤な海が広がっている。
息をすると、肺を不味い空気が満たす。
まずいけれど、嗅ぎ慣れたこれは嫌いじゃない。野郎がたまに吸う煙草の味と同じ感覚だ。


ぱしゃりと跳ね上げた赤が、ズボンの裾を汚した。
こんな場所に何時間もいる程悪趣味ではないから、おれはそろそろ船に戻るぞ、そう目の前の男に伝えようとした、瞬間だった。


「…なァ、ユースタス屋」
「…んぁ?」
独特の呼び名でおれを呼んで、野郎は酷く曖昧に笑う。


「おれの見てくれがあんなんでも、お前はおれを愛せたか?」
つ、と。指差した先にあるのは、おれ達の足元で赤く染まった、顔の原型すら分からない男だった。


ちらりとその男を見てから、想像する。もしこれが、こいつだったら。おれは愛してるなんて言えるだろうか、と。
想像して、すぐやめた。答えは明白だった。


「トラファルガー、そいつは無理だ」
「……」
「おれはお前の見てくれが好きだからな」


そもそもおれ達がこんな可笑しな関係になったのは、素直に互いの見てくれが好みだったからだ。
始まりは、トラファルガーがおれに声をかけてきた事からだった。男が好きな訳ではなくて、ただおれが好みなんだと言った。
おれは勿論女にしか興味が無かったから、初めは気持ちが悪いと一蹴した。


それでも食い下がるから、奴の言葉に乗ってやって、試しに一度抱いた。そうしたら自分でも驚くくらいに相性が良かったのだ。


それからは、『コイビトドウシ』なんてゴッコ遊びを続けている。


「…あァ、そうだったな」
「なんだよ、『それでもお前が好きだ』なんて言って欲しかったのか?」
「…フザケんな気持ち悪ィ。女じゃあるまいし、ンなの望んじゃいねぇよ」


じゃあなんだってんだ。てめぇらしくもねぇな。ハッキリしないトラファルガーにイラつきながらも、とにかくこの場から去ろうと足を翻す。


「一旦おれの船に戻んぞ。血濡れのまま返したら、お前んとこのクルーに文句言われちまう」
「…ユースタス屋」
「……なんだ」
「おれは、…おれで、良かった」
「はァ?」
「…お前に抱いてもらえる見てくれで良かったっつってんだ」


ギラリ、未だ殺気を帯びた瞳が光る。
そうだよ、おれはお前のそういう顔が好きなんだ。


「あァ、そいつは良かったな。お前がぐちゃぐちゃにならねぇうちは抱いてやれるよ」
「…ふ、」
嬉しそうに声を漏らしたトラファルガーが、ふいにおれの腕に絡み付く。


「ば、放せ!!」
「愛してるぜ、ユースタス屋」
「…そりゃどーも」
「おれはお前の見てくれがどんなに醜くても、中身がお前なら抱かれてやる」
「…ハッ、そーかよ」


女みてぇな顔をして、シアワセそうに笑うトラファルガー。
それに悪い気はしなくて、絡んだ腕は振りほどかないことにした。


(20120404)


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