万年筆が紙の上を滑る音と、資料が捲られる音しか聞こえない静かな部屋。
クロコダイルがデスクに向かい淡々と作業を続ける中、ドフラミンゴは来客用の柔らかなソファに沈みこんで浅い眠りに落ちようとしていた。


「…っくしゅ、」
「……?」


ふいに聞こえた小さなくしゃみ。二人きりしかいない空間で、それをしたのはクロコダイルだった。


「クロコちゃん、風邪か?」


ソファから身を起こして、ドフラミンゴがそっと呼び掛ける。ちらりと視線を上げたクロコダイルは、別に、とだけ返して再び資料に目を落とした。


顔色があまり良く無いのはいつもと変わらないけれど、少し呼吸が速いだろうか。ドフラミンゴがまじまじと観察していると、暫くしてまたひとつふたつ、小さなくしゃみをした。


「オイ、大丈夫かよ」
「…うるせェな」
「心配してやってんだろ」


要らねェ、と可愛らしくない返事をして、クロコダイルは一度万年筆を置く。背凭れに深く沈んで、長い息を吐いた。


「…風邪、じゃねェなら花粉症か?」
「……知らね、っくしゅ!」


短く言葉を切ってくしゃみを繰り返すクロコダイルに、ドフラミンゴは心配すると同時に思わず頬が綻ぶ。


「お前、顔に似合わず可愛いくしゃみすんのな」
「…枯らすぞ」
「フッフッ、そんな弱々しく言われても恐くねェな!」


ドフラミンゴはソファから離れると、大股に歩き広い部屋を横切っていく。三歩ほどでデスクの前に辿り着くと、下からじとりと見上げてくるクロコダイルに笑いかけた。


「キツそうだなァ、本当に大丈夫か?」
「…お前がいると悪化しそうだ、帰れ」
「おれが優しく看病してやるよ」
「結構だ。あァ相手すんのも面倒くせェ、いいから今日はもう本当に…」


帰れ、と、クロコダイルが溜め息と共に吐き出しかけた言葉を、ドフラミンゴはその唇に長い指を添えて遮る。


「もう今日は仕事やめて寝ちまえよ」
「…だが、」
「それ、急ぎじゃねェんだろ?たまには休んだらどうだ、サー」


ドフラミンゴが優しくクロコダイルの腕を取る。促されるままに椅子から立ち上がると、一瞬くらりと視界が揺れた。


「……っ」
「っと、危ねェな」


ふらつく体を支えてやりながら、ドフラミンゴは一先ずソファにクロコダイルを寝かせる。薄い毛布を掛けてやって、未練がましくデスクを見詰める瞳にはそっと口付けてやった。


「少しだけ寝ろ、な?」
「…」


不愉快そうに眉を寄せたけれど、観念したのかクロコダイルは大人しく目を閉じる。


「…おやすみ、クロコちゃん」


小さく囁いて、ドフラミンゴは優しく微笑んだ。




たまにはわるくない



(20120911~20131008)


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