真新しいツナギは、既に赤黒く染まってしまっていた。自分の足元に視線を落とし、裾を汚している赤に唾を吐き捨てる。
鉄臭い赤は前髪からも滴ってきた。鬱陶しいことこの上無い。


ぐるりと辺りを見渡したけれど、見えたものは屍の山とこの場にそぐわない突き抜ける青空と、何処までも続く地平線だけだった。


まるでこの世界に自分しかいないみたいだ。
ふわふわとした頭でそんな風に考えて、渇き固まりつつある赤を踏み潰した。


さあ、これからどうしよう。こんな状態では船に戻れない。一先ず何処かで水浴びをして、この赤達を洗い流さなくては。


くるりと踵を返す。温い風が頬を撫でる。
鼻孔を擽る血の臭いが吐き気を促して、込み上げたそれをどうにか堪えた。


「随分と派手にやったな」


突如聞こえてきた声に、つい肩を跳ねさせてしまった。自分以外は誰もいない筈だったのに、一体何処から現れたのか。赤と青だけだった視界に、金色が混じる。


「……ほっといて、くれ」


絞り出した声は酷く掠れていた。背中を冷たい汗が伝う。かたりと震えた右の掌を、左の掌で押さえ付けた。


「お前、どうして此処に居るんだ。此処にはおれしか居ない筈なのに、どうして」
「どうして、ね。お前が望んだから、じゃ理由にはならないか?」
「…おれは望んでない」
「本当に?」
「……殺されたくないなら、おれの前から消えてくれ」


頼む。真剣な願いだったのに、金色はそれを鼻で笑ってみせた。
ぐちゃりと音を立てて赤い水溜まりを踏みつけながら、奴はどんどんこちらに近付いて来る。後ずさる事も背を向けて逃げる事も出来なくて、人形のように棒立ちのまま動けない。


「…それはこちらの台詞だ。おれに殺されたくないなら、早く船に帰れ」
「…っ?」
「血にアテられすぎだ。声を掛けるまでおれの存在に気付かないなんて、普段のお前ならそんな事有り得ないだろう。違うか?」


どくりどくり、心臓から流れる血液が熱い。
金色の声が、ただ淡々とおれの耳を焦がした。


「……おれ、は」
「…すまん、もう少し早く声を掛けるべきだったな」


そんな無防備で酷い状態になる前に、おれが止めてやれば良かったと。何故か悲しそうな声でそう呟いて、流れるような動作でそのままおれを抱き締めた。
温かい人肌に、沸き立つ頭がまたグラグラとする。視界が歪んでよく見えない。


頬に落ちた雫は、熱くてそのまま溶けてしまいそうなくらいだった。





きんいろにとけた




(20120911~20131008)


BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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