微かに藍の混じる夕焼け空。下校時刻を僅かに過ぎた学校からは、生徒達が次々と家路についていく。
他の部員よりも少し遅れて部活を終えたキラーは、ペンギンの待つ教室へと急いでいた。


掃除の当番だった事をすっかり忘れてしまっていた。ペンギンの所属する部活はとうに終わっている筈だ。あまり待たせると機嫌が悪くなる事を、キラーはよく知っていた。


自分の教室を過ぎて二つ目に、多目的室がある。ペンギンはそこで待っているからと言っていた。やっとの思いで辿り着いた扉の前、キラーは切れた息を落ち着かせようと深呼吸をする。


そこで、気付く。教室の中に、二人ぶんの気配。一人はペンギンで間違い無いだろうが、もう一人は一体誰なのだろうか。


キラーは一度扉にかけた片手を引っ込めて、僅かに聞こえてくる声に耳を澄ました。


「…ごめんなさい、ペンギン君がここに居るって聞いて…お話、したくて…」
「ああ、別に構わないが…」


鈴の鳴るような、と形容するのが正しいであろう女子生徒の声。ペンギンの口振りからして、面識はあるのだろう。
何度か言葉を交わしているようだったが、キラーにはなんとなく、この先に訪れる会話の予想がついた。


「……あの、私…」
「ん?」
「…ペンギン君の事が、好きなんです…!」


やはり、と頭の中で思考したものの、直後にキラーの体は緊張でかちりと固まった。ペンギンは、何と応えるだろう。
彼は堅物のイメージを持たれがちだけれど、意外に冗談も通じるし、誰にでも平等に接する気さくな面も持っている。加えて成績優秀容姿端麗、女子からすれば魅力的な部分が多いだろう。


しかし、ペンギンは頑なに恋人を作らない。彼と仲の良いキラーは、よく女子から彼には好きな人でもいるのかと質問される事があるが、理由はこちらが聞きたいくらいだ。


何人か振っている、というのは聞いていたけれど、実際に告白の現場に居合わせたのは初めてだった。
何故か掌に汗が滲み、鼓動が速くなる。どうして、自分はこんなに焦っているのだろう。
キラーはごくりと唾を飲み込んだ。


長い沈黙の後、ペンギンの口から溢れたのはやはり謝罪だった。


「ありがとう、けど…すまん、おれはお前の気持ちには応えられない」
「…っ」
「……すまん」


断った、と理解したキラーはほっと息を吐く。告白を受けなかったペンギンに、ひどく安堵している。これは友人に先を越されずに済んだとか、そういう類いのものでは無い。


恐らくこれは、…この気持ちは。


ガタリ、と机が動く音。それに続いて扉に近付く足音。キラーが思わず柱の陰に隠れたすぐ後に、教室から飛び出し走り去るスカートが視界に映った。後ろ姿だけでも分かる、あれはペンギンのクラスで一番可愛いのだ、とシャチが騒いでいた子だ。


暫く呆然とその姿を見つめていたら、ふいに頭を叩かれた。驚いて振り向くも、そこに居るのは勿論の事ペンギンで。


「見てただろ、お前」
「…違う、聞いてただけだ」
「同じようなモンだろ、悪趣味」


じとりとした視線を寄越されて、キラーはぐっと黙り込む。その様子を見て少し微笑んだペンギンが、帰るぞ、と囁いた。


先に廊下を歩き始めたペンギンが、暫くして振り返ると、立ち止まったままのキラーを訝しむように呼ぶ。


「おい、キラー?」
「…ペンギン」
「……何」
「おれ、お前の事が好きなのかもしれない」


凛としたキラーの声は、二人きりの廊下に響く。リノリウムに反射してペンギンの耳にその音が届いた時、ペンギンは泣きそうに笑っていた。


「…ばーか、遅いんだよ」


早くしろ馬鹿キラー、そう言って再び歩き出したペンギンの背中。先程よりも更に高鳴った鼓動を抑えつけながら、キラーは彼を追い掛けて走り出した。




あおいはる



(20120911~20131008)


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -