※ヒーシャチ表現含みます






「さて問題、今日は何の日でしょうか!!はいペンギン!!!」
「…朝からテンション高いなシャチ」
「何の日でしょうか!!!」
「……バレンタイン、だろ」


午前八時三分。普段通り教室に入ると、待ち構えていたとしか思えない素早さでシャチに捕まり、突然の質問を受けた。今日が何の日かなんて、世間一般の男子高校生なら誰もが知っている。一年で一番ドキドキする日。バレンタインデー。
おれの回答に「その通りィ!!!」と拳を突き上げたシャチを片腕で退かし、さっさと自分の席に鞄を置く。机の中にチョコが…なんて、そんな筈無いのは分かっているから別に気にしない。別に悲しくなんかない。


後に続いてきたシャチが、おれの鞄を無遠慮に漁り始めた。目が怖い。普段おっとりしている癖に、こんな時ばかり鋭くなるのは何故なのか。


「…ペンギン…お前、これ…!」
「あ?飴がどうかしたか」
「女の子から貰ったんじゃねェだろうな!!」
「…アホ。自分で持ってきた奴だよ。というか、ただの喉飴によくそんな過剰反応出来るなお前は」
「なーんだ良かった…裏切られたかと思ったぜ…」
「裏切るってなんだ。同盟組んだ覚えは無いぞ」
「またまたァ。去年も貰わなかった者同士だろうが、仲良くしよーぜペンギン?」
「……はぁ」


モテない同士で傷を舐め合うのは御免なのだが。何が悲しくてそんな事しなきゃならんのだ。去年のバレンタイン、放課後二人でファーストフード店に寄り、チョコレート色のシェイクを飲み干した事を思い出す。あの時は自分もシャチも戦利品はゼロで、悲しみに暮れるシャチの誘いに渋々乗ってやったのだった。今思えば男二人で反省会なんて、周りの目はどんなものだったのやら。


「今年もどうせ貰えない!!」
「何堂々と宣言してんだ。その割りに楽しみにしてる様子だが?」
「貰えるなら貰いたい!!!」
「本音はそっちか」
「当然だろ!ま、今年も無理だったらまた放課後付き合ってくれよな」
「…断る」
「え」


この世の終わりのような顔をして、シャチがおれに詰め寄ってきた。がたがたとおれの肩を揺らして、どうしてだよと繰り返す。脳味噌がぐらぐらして気分が悪くなってきた為、拳を作ってシャチの頭上に振りかぶった。


「…先約、あるから、っ揺らすな!」
「痛っ!!…なんだよ先約って、まさかお前他校の子と…!?」
「違う!」


殴られてなお涙目で縋って来るシャチは、傍目には捨てられた子犬のようで。そんな姿に内心で罪悪感が生まれつつ、宥めるように肩を叩いてやった。


「…キラーだよ。あいつにパスタ作る約束してるんだ」
「っ…なんだよそれ、結局お前もリア充なのかよ…!!」
「あのな。そんなに言うならお前もヒートの所に行けばいいだろうが」
「……ヒートは女にモテモテだから、いいんだよほっとけば」
「………」


なんだ、拗ねてるだけか。それを言うならおれだって、朝イチでキラーが女子に囲まれるのを間近で見てきたばかりだ。それに対しておれは、男として『女子に囲まれる』という状況に嫉妬し、羨ましいという感想しか抱けなかった。
だがシャチが拗ねている要因は『ヒートが女子にモテていた』という事実の方だ。ヒートからしてみれば随分可愛らしい理由なんだろう。


「…お前はいいのか、それで」
「…よくない」
「じゃあ放課後はヒートと遊びに行け」


ぱしん、と背中を叩いて、項垂れた頭に喉飴をひとつ乗せてやった。いらねーよ、と不貞腐れた声を聞きながら、おれは小さく笑った。



おれもこんな風に、女子に対して嫉妬するべきなんだろうか。キラーもその方が嬉しいんだろうか。全く気にならない訳では無いが、変に落ち込んだ事もない。それはキラーがモテる事を付き合う前から知っていたからなのだろうが、それにしても気にしなさ過ぎる、か。


「……難しいな」


ううん、と一人で唸っていたら、ガラリと教室の扉が開く。目を向ければ、憔悴しきったキラーが両手に大量の箱やら袋やらを抱えて立っていた。キラーは隣のクラスなのだが、何か用事でもあったのだろうか。首を傾げると、キラーはじとりと視線を送ってきた。


「置いてくなんて酷いぞペンギン」
「…すまん、あまりにも人が多かったから」
「…はぁ」


たくさんの人混みに嫌気がさして昇降口でキラーと別れたのだが、どうやら漸く解放されたようだ。眉を寄せて不満そうな表情をしているキラーの髪を撫で、悪かったと笑う。


「またたくさん貰ったな」
「…ああ、だから今のうちに渡しとく」
「ん?」


おれの机に一度チョコ達を避難させ、キラーは自分の鞄を漁る。何が出てくるのかと構えていると、目の前に差し出されたのは真っ赤な小箱。黒いリボンで纏められたそれの中身はきっと、キラーが先程女子達から貰ったような甘い菓子なのだろうけれど。


ああそうだ、外国では男女問わず贈り物をする日なんだったか。


「これはおれからお前に」
「…ありがとう」
「パスタ、楽しみにしてる」


にこり、笑ったキラーはおれの頭をくしゃりとかき混ぜてから教室を出ていった。きちんとチョコ達も抱え直して。断れずに律儀に受け取ってしまう人柄の良さは、あいつらしくて好きだ。そして女の子達と同じ様におれに贈り物をしてきたキラーが、なんだか可愛らしく思えて堪らなかった。


ふと横を見れば、羨ましそうなシャチの瞳。
おれが何を言おうか思案していると、シャチの手の中の携帯が震えた。
差出人の名前は見えなかったけれど、シャチの反応から伺える。大方ヒートからのお誘いだろう。


メールの内容を確認した後シャチは少し恥ずかしそうに口をもごつかせ、それからおれに微笑みかけた。



「今年はお互い一個、だな」
「……だな」





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Happy Valentine Day!!


(20130214)


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