これの桃鳥ver.






男が海に沈んだと聴いたのは、水浴びには少々早すぎる季節の、ある晴れた日の昼間だった。


部下から淡々と告げられたその報告に、心臓がぎちりと軋んだ気がした。嗚呼死んだのか、漸くか。一番始めに脳裏に浮かんだのはそれだけ。


おいて逝くなんて酷い男だ。あれだけ繰り返したアイラブユーの返事すらくれないままに消えるなんて。最期まで聞けなかったあの男からの愛の言葉を、おれはきっといつまでも求めてしまうのだろう。ガキがひとりぼっちの家で親の帰りを待つみたいに、いつまでもいつまでも。寂しい気持ちと心細さを抱いたまま。


あの男はとても渇いていた。能力の問題もあったけれど、それとは別に男の心自体が、それはそれはカラカラに。
けれど、あの男は何より海を想っていた。誰より渇きを望んだくせに、誰より海を愛していた。遥か地平線の果てまで見据える金色の瞳。熱視線を向けられる青い海に、幾度となく嫉妬した。


嫉妬して嫉妬して嫉妬して、妬んで妬んで妬んで、それでも敵わなかった。叶わなかった。
おれは最期まで、海には勝てなかった。
海から、あいつを奪えなかった。


最初から無謀だったのかもしれない。あの砂漠みたいな男は、捕まえても捕まえてもさらさらと指の隙間から溢れていった。漸く掴んだと思ってもそれは男のほんの一部で、大半はおれの手中に収まらない何処かに在るままだった。水で濡らして逃げられないようにしても、いつか水は砂に吸い込まれ蒸発し渇き、そしてまた男はおれからすり抜けた。


それでも求めて止まなかった。それは欲しい物はどんな手を使っても手に入れるというおれの性格からの欲望なんかではなくて、…いや、それも少しはあったかもしれないけれど、何よりもあの男が好きだったからだ。
純粋に単純に、愛していたからだ。


小汚ないおれと高貴なあいつでは天地程も差があって、本来ならば手も目も届かない筈で。
あの男にとってはおれなんかクソ餓鬼でしかなくて、相手をするのも目に触れるのも不快な筈で。
それでもしつこく言い寄れば、巧くかわしつつも受け止めてくれていたのは、ただの戯れなのか心を許してくれていたからなのか。


どちらでも良かった。ただ傍に居られるだけで、柄にもなく幸せだった。


きっとお前はおれなんかに覚えられているのも癪だろう。けれど残念だったな、いつまでもおれの中に居座る事を強いられるんだ、悔しいだろう。ざまあみろ。


海は青く澄んでいた。海は何処までも繋がっている。このスカイブルーの何処かに、あの男の欠片が浮かんでいるのだろうか。
そう考えたら世界中の海を全て呑み込んでやりたくて、全ておれの物にしてしまいたくて、流石に無謀すぎた思考に苦笑して頭を振った。



「……海はでけェな」



掠れた声は、波の音にかき消された。


(20130112)


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