特別な日には、特別な人と過ごしたいと思うのが普通なのだそうだ。例えば家族だったり、友人だったり、恋人だったり。自分が産まれた事を喜んでくれる人と過ごしたいと思うのだそうだ。
かく言うおれも幼い頃はそれなりにマトモに暮らしていたから、海に出るまでは家族に、海に出てからは仲間に、誕生日を祝ってもらっていた。いい歳して恥ずかしいと思いつつも、普段よりも特別笑顔な仲間に囲まれるのは悪くないものだ。蝋燭の火も山のように積まれたプレゼントも無い、ただ酒を交わすだけの祝いは、堪らなく嬉しいものだった。


そうして何年もやってきたのだけれど、今年は何故か船から早々に追い出されてしまった。昼間から酒盛りでもするのかと予想していたのだが、見事に裏切られたようだ。首を傾げても、キッドはただ笑っているだけで何も言わない。なんなんだ。


「おい、キッド?」
「今日は船に戻って来なくていいぜ」
「は…なんだそれは、おれにどうしろと」
「馬鹿か、何も毎年仲間内で祝うこたねェだろ。今日くらい堂々と向こうに顔出せばいいじゃねェか」
「…ハートの船は見掛けなかったが」
「今朝島に上がったらしいからな。トラファルガーには言ってある、ほら行け」


キッドに背中を蹴られて、ふらつきながら歩を進める。振り返り様見えた笑顔は優しいけれどどこか凄みがあって、確かに今日は帰れなさそうだと溜め息をひとつ吐き出した。


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トラファルガーはニマニマと笑いながら迎えてくれて、何を言われるかと身構えていたのだけれど、至極あっさりとペンギンの部屋に通された。オメデトウと心の無い言葉を丁重に受け取ってやると、トラファルガーはさっさと自室に戻っていった。扉の前に残されたおれは、慣れた手付きでそれを叩く。
出てきたペンギンはおれを見てびっくりしていた。来るなら連絡を寄越せと言ってきた。
…トラファルガー、あの男、何も伝えていなかったのか。ということは、おれが何故訪ねてきたのかも知らない訳か。
はあ、と飛び出そうになる何度目かの溜め息を飲み込んで、おれは微笑んだ。会いたかったから来たんだ、それだけ言って、おれはペンギンの部屋へと踏み込んだ。


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自分から『誕生日だから祝ってくれ』なんて言えない。言えるか、普通。トラファルガーの地味な嫌がらせに辟易しつつも、まあペンギンと過ごせるならば良いかと受け流す事にした。


「悪い、急に訪ねてしまって。忙しくなかったか?」
「いや、いいよ。今朝突然船長に『お前は一日休みだ何もするな』とか言われて暇してたからな。ま、お前が来たから丁度良かった」
「…そうなのか」


なんだ、しっかりペンギンの予定は空けてくれていたのか。気が利くのか利かないのかどちらなんだあいつは。
差し出された熱いコーヒーを受け取りつつ、着けていたマスクをゆっくりと外した。
いつものようにデスクの上に置かせてもらったのだが、やけにペンギンの視線がそちらへ向いている。不思議に思って尋ねたら、ペンギンが何かを決心したように顔をあげた。


「…なあキラー、マスク見せてもらってもいいか?」
「ん?…ああ、構わないが」
「いいのか!?ありがとう、キラー」


何を言い出すかと思えば、今更な要求だった。特に見られて困る物でも無いため快諾してやると、がたりと席を立って礼を言われる。幼い子供のように瞳を輝かせて、物珍しそうにマスクを手に取る姿は新鮮だ。


「ずっと気になってたんだ、構造どうなってんのかなと」
「そんなに面白い物でもないぞ」
「あんだけ動いてるのにまるで邪魔になってないし、通気性とか素材とか興味あったんだよ」


恐る恐る、といった具合に白と水色のそれに触れながら、ペンギンは楽しそうに語る。
珍しいものではあるかもしれないが、そこまで興味を持たれているとは知らなかった。
他人に所有物を触られる事に抵抗はあるが、ペンギンなら別だと思ってしまう自分がいる。敵船のクルーとして敵視していた頃に比べて、随分優しくなったものだ。


余程楽しいのか知らないが、ペンギンはいつまでもマスクを弄んでいる。良い、別に良いが、おれ自身を構ってもらえないのは少しばかり不満だ。


「…ペンギン」
「ん?あ、すごいなコレ、中も作りしっかりしてて」
「…いくらでも見ててくれて構わないが、その間抱き締めたりしてていいか」
「は?」
「キスしていいか」
「…何言ってんだ、目ェ座ってるぞキラー」
「駄目か?」
「いや、まだ昼間だろ…明らかに昼間のテンションじゃないお前にそういうの許したらどうなるか、とっくに学習してるからなこっちは」


というか今までの流れの何処でそんなテンションになったんだ、と訝しげに距離を取ろうとするペンギン。それを許さないとでも言うように詰め寄ってやれば、慌てたペンギンが声を大きくした。


「ああもう、無理だと言ってるだろうが!我が儘言うな子供かお前は!!」
「…今日くらい我が儘聞いてくれてもいいだろ、誕生日なんだから」


拗ねたようにそう呟いてみれば、突如ゴトリという重い音が聞こえた。ペンギンの手から溢れ落ちたらしいマスクは床に転がり、それを拾い上げてからちらりと彼に視線を向ける。ペンギンは目を見開いてこちらを凝視しているようだった。固まったまま一言も発しない様子が少し可笑しかった。


「…誕、生日?」
「ああ、誕生日だ」
「……聞いてないぞ」
「言ってないからな」
「…待て、ちょっと待て」


待て、と何度も繰り返す彼に従って、マスクを弄りながら素直に次の言葉を待つ。慌てたように頭を抱えて何事かを考えているペンギンは、顔を青くしたり赤くしたりと忙しそうだ。


「…誕生日おめでとう、キラー」
「ありがとう。お前に祝って貰えて嬉しいよ」
「…おれ、知らなかったから…何もあげられる物が無くて、…すまん」
「別に何も要らない。一緒に過ごせるだけでいい…が」


そっとペンギンの手をとって、甲に柔らかく口付けた。真っ赤なペンギンに頬が緩む。全く可愛い男だ。


「…構ってもらえないのは寂しいな。おれよりもマスクが好みか?」
「…いや、そういう訳じゃ…ていうか知らなかったって言ってるだろ、知ってたらもっと」
「もっと、なんだ?」
「……っ!もっと、その…お前がしたい事とか、我が儘くらい…聞いてやってた、し」
「なら、今からそうしてくれ。おれのしたい事、我が儘、聞いてくれるんだろ?」
「……調子に乗るな」
「断る。誕生日だからな」


誕生日乱用するな、ぎゅうと眉を寄せたペンギンの目元に小さくキスをしてやった。誕生日くらい怖い顔するなよ、ペンギン。
そのまま手を引いて腕の中に閉じ込めた。居心地を悪そうにしつつも逃げ出さない辺り、誕生日とは偉大なものなのだなと今更ながら思い知った。今日ペンギンに会えて本当に良かった、キッドとトラファルガーには感謝してやらねば。


「…幸せな誕生日だ」
「…仕方無い奴だな」


ふいに耳元で囁かれたとんでもなく優しい言葉に、涙腺まで緩んだのはおれだけの秘密にしておくが。



誕生日おめでとう、
産まれてくれてありがとう、
出会ってくれてありがとう。



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自分のマスクに嫉妬するキラーさんと誕生日をくっつけたら収集つかなくなりまし、た…
キラーさんお誕生日おめでとう!だいすき!!

(20130202)



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