時刻は早朝。まだ人通りも少ない駅前は、少しの喧騒とカフェから漂うコーヒーの香りに包まれている。健全な朝の象徴たるその空間に、一台の車が滑り込むように乱入しタイヤを止めた。荒々しい運転はそのまま、運転手の機嫌の悪さを表していた。


真っ赤なスポーツカーから足を下ろしたローは運転席へと回り込むと、開かれた窓にそっと顔を近付ける。


「ありがとう、ユースタス屋。楽しかった」
「…ああ、」


自慢の愛車と揃いの赤髪を逆立てたキッドは、ローの笑みにぼそりとした返事だけをする。愛想悪いのは普段通りだが、キッドの表情は拗ねる子供と同じだった。ローにはその理由が手に取るように分かる。
可愛いものだと内心で一人ごちると、ローは体を乗り出してキッドの目を見つめた。


「拗ねるなよユースタス屋。おれと別れるのが寂しいのか?」
「ば、っ寂しくなんてねェ!!」


耳を赤くして怒鳴っては迫力も半減してしまう。それでも尚必死に否定するキッドに笑いを堪えつつ、ローはかすれた声で囁いた。


「…また連絡する。電話には絶対出ろよ」
「…分かってる」


まるで忠犬のように真っ直ぐな瞳で頷くキッドに、ローは「よし」と頷き返し、その鼻先へキスをひとつしてやる。思わぬご褒美に目を丸くさせたキッドは、暫く赤くなった顔を落ち着かせようと奮闘したが、やがて諦めたのか「電話待ってるからな!」という言葉を残して車を走らせ行ってしまった。


残されたローはキッドの様子を思い出しにんまりと笑んだ後、左の腕を見て時間を知る。
キッドに苦い顔をされたこの腕時計も、ローにとっては彼の嫉妬する様を見るための大切な道具なのだ。趣味が悪いと言われればそれまでだが、キッドの嫉妬はローにとって快いものだ。だからこそ、キッドに会う時にわざわざ選んで着けて行ったのだった。


「…七時前、か」


バイトの時間までまだ少し余裕がある。時間潰しに朝食でも摂るかとローが考えていると、改札から見知った顔が現れた。


「よぉペンギン、朝帰りか?」


声を掛けた相手は近所のアパートに住む男だった。ローのバイト先の常連でもあるペンギンは、キッドと同じくローの悪戯心を擽る所謂「反応の楽しい」人物だ。
ローを視界に認めた瞬間あからさまに面倒臭そうな顔をしたペンギンは、溜め息を吐いて大きな鞄を抱え直す。


「…そういうアンタこそ、だろ」
「まぁな、否定はしねェけど」
「ユースタスか?」
「正解」


ふん、と鼻を鳴らしたペンギンが、ローの前まで歩み寄る。ほんの少し高い位置にあるペンギンの顔をローが覗き込むと、そういうのやめろと呆れた声を出した。過度なスキンシップを好まないペンギンは、そこそこ仲の良い相手でもパーソナルスペースには踏み入られたくないのだと言う。
ペンギンはローとの間に僅かな距離を取り、自分が先程出した名前をゆっくりと反復した。


「…ユースタス、ね。一途なもんだな」
「あァ。あいつは面白い奴だよな」


ローの言葉に、ペンギンはふと目を細める。
急に真面目な顔をした彼に、ローは首を傾げて先を促した。


「……別におれは構わないが、ローさん」
「ん?」
「応えるつもりがないなら、ユースタスのこと離してやったらどうなんだ」
「…離す?」
「振り向かないって決まってるのに、いつまでも追いかけるなんて辛いだろ」


ローの思わせ振りな態度にキッドが振り回されているのを、ペンギンは知っていた。一途にひたすらローだけを追いかけるキッドは、微笑ましくもあり不憫でもある。ローがキッドをどう思っているのか、これからどうなるつもりでいるのか、正直に言えばペンギンには関係の無い事柄だ。それでも気にしてしまうのは、キッドにしてみればありがた迷惑な同情故なのかもしれない。


「アンタがユースタスを悪く思ってないことくらいは分かる。でも大人しく捕まるつもりがないのだって、見てれば分かる」
「……」
「そろそろ答えを出してやればいいんじゃないか。ローさんが言うことなら、ユースタスは否定せず聞くだろ」


もう会わないと告げればそれまで。恋人になれと告げればこれから。キッドの立場はローの匙加減ひとつなのだ。


「おれは、…お似合いだと、思うけど」
「…やけにユースタス屋に優しいな。例のあいつとの仲を取り持ってもらったからか?」
「違うとは言わないが、それだけって訳でもない。ユースタスは報われてもいいんじゃないかと思った、それだけだ」
「……そうか」


ローに自覚は勿論あった。振り回して、気を持たせて、時には傷付けていた。それを楽しんでもいた。しかし己の言動や行動で一喜一憂する男のことを、愛しく感じているのも本当なのだ。キッドの真っ直ぐさが愛しいからこそ、今の関係が心地好い。歪だと理解していても、それをやめるのはまだ口惜しかった。


「…まあ、考えとくよ。悪いなペンギン」
「……おれは別に何も」


小さく首を振るペンギンに、ローはありがとう、と呟いた。少しずつ人の増えた駅前、いつまでも立ち話をしてはいられないからと、家路につく彼と別れる。


「……っと、」


ポケットの振動に気付き携帯を探り当てると、青色の点滅がメールの通知を知らせていた。開いてみればキッドからで、そこには昨日のデートが楽しかったという旨と、最後にバイトを応援する文が書かれていた。いつもと変わらないそれだが、キッドがこれだけの為にどれ程の気持ちを込めたのかと考えれば特別なものに思えてしまって。


「……お似合い、か」


ペンギンに言われた言葉を思い出す。恋だの愛だの、面倒なものからキッドを遠ざけていたことを少しだけ反省した。このまま逃げ続けるのなら、それは卑怯者と呼ばれても文句は言えない。


絵文字も顔文字もない受信メール画面を、返信画面に切り替える。素直にありがとうと返せば、電波の先でキッドはどんな顔をするだろうか。次に会う約束も書いてやれば、跳び跳ねて喜ぶだろうか。


自然と上がる口角を左手で隠しながら、ローは真っ赤な髪の色を脳裏に思い浮かべていた。






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お誕生日感皆無…ろ、ローさんはぴばすでー…!!!(小声)


(20131006)


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