!転生パロ





何処に行きたい、と聞くと、海が見たい、とトラファルガーは言った。
おれはそうか、と呟いてから車を走らせた。


出会ってからこれまで、トラファルガーは頑なに海へ行くのを嫌っていた。夏場は何度誘っても海水浴へは行きたがらず、それでも押して押して、ようやっと渋々プールへ赴いてくれる程度。
そんな男が海へ行きたがるのは非常に珍しく、薄い唇から『海』なんて単語が飛び出る事すらも新鮮だ。それなのに、おれの心は少しも驚いてはいなかった。それどころか納得していた。おれは昨夜急に思い立って、なんとなくトラファルガーを今日のドライブに誘ったのだけれど、行き先を聞けばトラファルガーが海へ行きたいと言うのを、心の何処かで予想していたのだ。


何故だろう。分からない。けれど何処かで納得している。まるで必然だったような気が、している。


車内は無言だった。普段ならば適当にどうでも良い会話をぽつりぽつりとしてくるトラファルガーが、黙ったまま窓の外を睨み付けていたから。おれはそれに気付かないふりをして、ひたすら海へ向けてハンドルを動かしていた。
垂れ流しているラジオの陽気な声が、とても滑稽なモノに感じられた。




海へは二十分程で到着した。夏場ならば人で溢れる海水浴場も、流石に冬は誰も居ない。
おまけに今日は曇り空だから、美しい青い海は望めなかった。ただ、体を凍らせる風だけが吹いて、灰色の波が揺れ、無人の海の家がひゅうひゅうと鳴くだけだ。


微かに湿った砂の上を波打ち際に沿ってふらりふらりと歩きながら、やはりトラファルガーは何も話さなかった。今にも消え入りそうな背中を見つめて、おれは奴の足跡をなぞるように追い掛ける。
暫く歩いて、振り返っても足跡の始まりが見えないくらいになった頃、ふと立ち止まったトラファルガーは独り言のようにこう呟いた。


「…おれな、海が嫌いな訳じゃねェんだ」
むしろ好きだ、愛してるんだ。


トラファルガーはじっと海を見つめている。潮の香りが鼻孔を刺激して、海の存在を確かなものだと脳に伝えてくる様だった。
潮風は依然冷たい。真冬の海は人を寄せ付けないのだろう。黒くうねる波は恐怖心を煽る。呑み込まれそうで恐ろしい。それでもおれ達は波打ち際に足を進めた。靴を履いたままだから、海水が刺すような冷たさでじわりじわりと足の裏から染み込んでくる。


足の甲が海の中へ沈んだ所で歩みを止めた。ざあざあと打ち付ける波は時折高くなり脛まで濡らしてきて、水分を吸ったパンツは色も重たくて、そのまま気分までつられて落ちてしまいそうで。


「…だろうと、思った。まるで失恋相手に向けるみてェな目、してたから」


ぽつりと吐いた言葉に、トラファルガーは少しだけ笑った。的を射ている台詞だと。


「昔からな、なんか駄目なんだ」



ガキの頃、親に初めて海に連れてきて貰った時から、海が怖くて仕方無い。見た瞬間に恐怖を感じて、…けどこの上無く美しいと思った。とり憑かれたようにハマったよ。ガキのクセに一丁前に、『恋した』なんて思った。本気で好きになったら、好きって感情よりも、嫌われたくないって感情が先走る。分かるだろ?…海に拒絶されるのが、怖くて仕方無いんだ。だから今まで、海に逢うのを避けてたんだ。



足元を海水で濡らしたトラファルガーが、饒舌に話す。おれはただ黙ってそれを聞いていた。トラファルガーが如何に海を愛していたのか思い知らされて、微かに燻る嫉妬心に動揺した。


「おれは海が好きだ。海に愛されたい。けど海はおれが嫌いなんだ。なんとなく分かる…生まれつき、いや、もっと昔から、おれは海に拒絶される運命だったんだろう。今日来て確信した。おれはやっぱり嫌われてる」


こんなに愛してるのに、皮肉だな。長年惚れ込んだ女に盛大にフラれた哀れな男のような台詞を吐いて、やっとトラファルガーは口を閉じた。


「…じゃあなんで今日、ここに来たがったんだよ」
「……ユースタス屋なら、解ってくれる気がして」


なんの証拠もないくだらない話でも、お前なら聞いてくれる気がして。トラファルガーの笑みは痛々しい。けれどそんな痛々しい表情を作ってまでおれに話してくれた事が、嬉しかった。脈絡の無い話も、筋の通らない話も、全てどうだって良い。トラファルガーが海を愛していようが、そして嫌われていようが、構いはしない。長年の想いを『話せる相手』におれが選ばれたならば、甘んじて受け入れる。トラファルガーが、それで満足するのなら。


海はトラファルガーを愛さなくても、おれはトラファルガーを愛してやれる。


海岸線沿いの並木はどれもこれも枯れている。冬だから当然といえば当然なのだけれど、何故だか今はそれが無性に切なかった。


鳶色の枯れ葉が一枚、細く伸びた枝に弱々しくしがみついていた。




****
ローさんにもキッドくんにも過去の記憶は無いけれど、海への想いは何処か人とは異なっている。何故か解らないのに惹かれる、畏怖する、憧れる。

(20130209)

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