少年は青が好きだった。冷たくて透明で優しくて、綺麗な青が好きだった。辛くても悲しくても、青を見れば冷静になれた。
いつだって見上げればそこにある色。手を伸ばせば掴めそうで、けれど届かなくて、いつだってもどかしかった。少年はその色の中を飛んでみたかった。その色に染まってみたかった。いつだって夢に見ていた。
青く澄んだ空が、大好きだった。
少年はある日男に出逢った。男は青が好きだと言った。同じだ、おれも青が好きだ。少年は男にそう笑いかけた。
少年は真上を指差して言う。
あの青が好きなんだ。いつかあの空を飛んでみたい。一面青色の、綺麗な空を。それが出来たらどんなに素敵なんだろう。あんたもそう思わないか。
男は黙っていたけれど、暫くすると唇をついと吊り上げて優しく笑った。
おれは空の青よりも海の青が好きだ。空の青は遠いだろう。手を伸ばしても届かないだろう。でも海の青は掴めるんだ。海は空の青をそのまま映してる。海を掴めば空に届いたのと同じだ、そうだろう。
空を飛びたきゃ海を泳げばいい。空に染まりたきゃ海に潜ればいい。そっちの方が簡単だ、そっちの方がおれ達人間にはお似合いだ。お前もそう思わないか。
男の話は魅力的で、それを語る男の瞳はきらきらと輝いていた。少年は上ばかり見ていたから、海を見下ろすなんてしたことが無かった。視線を下に向け、潮風の漂う方を見る。
空の青をそのまま映した海が、空と同じくらい大きく広がっていた。
太陽が水面に光る。白い雲が水面に浮かぶ。
青い空が、そこにある。
泳いでみたい、潜ってみたい、掴んでみたい。走り抜ける衝動に少年が唇を噛み締めると、男は楽しそうに目を細くした。
「…一緒に行くか」
「…何処へ?」
「海の中へ」
「…そしたら空はもう見られない?」
「そんなことは無い。言ったろ、海は空だ。海の中は、空の中だ」
どくり、鼓動が強く鳴る。体中に駆け巡る血が、熱く煮える。
見たい、青を見たい、飛びたい、泳ぎたい、空を、海を。
気が付けば頷いていて、気が付けば男について潜水艦へと足を踏み入れていた。青によく映えるイエローだ。少年はそれをひどく気に入った。
潜水艦には男や少年と同じく、青が好きな連中が乗っていた。空の青が好きな奴もいたし、海の青が好きな奴もいた。どちらも青に染まりたい、その気持ちだけでそこにいた。
「海を航り切れば、空を航り切ったも同然」
自信たっぷりに笑う船長。その瞳は青く澄んで、何よりも綺麗で。ゆっくりと沈む潜水艦の中、窓から見える青色だけがいつもと変わらずに。
少年はその日、青を確かに掴んだ。
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シャチ月間ということで小話ひとつ。
捏造部屋のシャチとはまた全然別の設定で船長との出逢い。海も空もロマンがたっぷり詰まってて素敵。
夏の青空っていいよね!
(20130708)