とっくに日が落ちて真っ暗になった通学路。点々と存在する街灯の光を受けて、二人ぶんの影は長く不気味に蠢いていた。
カツカツと小気味良い音を鳴らしながら、おれはユースタス屋と共にローファーを家へと向かわせる。隣に感じるユースタス屋の気配だけが、おれの暗闇に対する不安を打ち消してくれていた。


「トラファルガー、今何時だ」
「十時半。結構遅くなっちまったな」
「てめェんトコの人間がさくさく動かねェからだろうが!」


連日の体育祭への準備で、帰宅時間は普段より随分と遅くなっている。各クラスで発表する劇において、大道具係であるおれ達は、短い期間に大量の背景やら何やらを作らなければならなかった。大道具係の中でも更に二班に別れて効率良く作業をしようとしているのだけれど、どうにも上手く進まない。


「…こっちは慎重にやってんだ。お前みたいに大雑把じゃねェの」
「てめェのはやり過ぎっつーんだよ。雰囲気だけ出来てりゃ上等だろうが」


ユースタス屋は「慎重過ぎる」と言うが、いくら学生演劇といえど手を抜くのはおれのプライドに反する。おれ達の班は他より進行がいくらか遅れているが、クオリティに関しては何処よりも自信を持っていた。
逆にユースタス屋の班は、速さと豪快さにばかり気をやっている。完成するのは速いが出来が雑なのだ。


「本番には間に合わせるから問題ねェよ」
「てめェんトコが遅いせいでおれらまで残らなきゃなんねェんだぞ…」
「悪いなんて言わねェからな」
「……ちっ」


いつもならばここでキレてもおかしくないのだが、今日は隣から軽い舌打ちを受けたのみだった。おれの性格を分かっているからなのか面倒になったのか、それ以上責めるつもりは無いようだ。
吹き抜けた風に寒さを感じてニットの袖を伸ばせば、ユースタス屋も同じように肩を竦めて手をポケットに突っ込んだ。
溜め息の後、吐き出された言葉には呆れが混じっている。


「…まァいいや、おれは知らねェからな。責任持てよ」
「分かってるよ。…なァ寒いな、ユースタス屋」
「だな」
「いつの間にかもう秋なんだな」
「…この前まで夏真っ盛りだったのにな」
「な。もう十月だぞ」
「あァ、早ェ」


空を見上げれば月が明るく光っていた。
秋、だ。十月、だ。なんとなく開いた携帯で時間と日付を確認して、ぼんやりと脳裏を掠めた事実にはっとした。
隣を歩くユースタス屋を見上げると、視線に気付いたユースタス屋が不思議そうに首を傾げる。その仕草ににこりと笑って、問いを投げる。


「十月といえば?」
「体育祭だろ」
「他には?」
「他ァ?なんだよ遠回しに、……あ」


目を見開いたユースタス屋が、おれの腕を掴む。想像よりも強い力に思わず立ち止まった。街灯の光が仄かに照らすコンクリートを踏み締めていると、ユースタス屋がぱかりと口を開く。


「お前今日誕生日か?」
「…そうみたいだな。おれもさっき気付いた」
「…悪ィ、忙しくて忘れてた」
「だからおれも忘れてたんだっつの。何謝ってんだ」
「いや、こーゆーの…忘れるとか、なんか悪いなと思って」


大切な日だから、そう呟いたユースタス屋の頬は、街灯の下で微かに赤く染まっていた。
優しい奴だと思う、顔に似合わず。なんて言ったら怒るだろうか。


「…誕生日、ね。確かに大切な日かもしれねェけど、自分の生まれた日を自ら喜ぶって少し恥ずかしいよな」
「なんでだよ」
「分かんねェ?なら別にいいけど」
「……?」
「けどまァ、自分が生まれた日を他人が喜んでくれるっつーのは悪くねェ」


未だユースタス屋に掴まれたままの腕。服越しに伝わる暖かい感触が嬉しい。


「な、プレゼントくれんの?」
「…高いモンはやれねェ」
「値段が高けりゃいいっつーモンじゃねェ」


にこりと笑って、ユースタス屋に顔を近付けた。珍しくこちらの意図を察したらしいこの鈍感男は、目を丸くしておれを見る。


「…目ェ閉じろ馬鹿」
「お前もな」


雰囲気なんてあってないようなもの。馬鹿みたいに笑いながら、鼻先をくっつける。


言われた通り大人しく目を閉じる直前、街灯に照らされて生まれた二つの影を見た。ぴたりと寄り添う影達が、完全にひとつになる瞬間を見たいと思って、けれどそれは塞がれた視界のせいで叶わなかった。




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大遅刻してユースタスさんにもお祝いしていただきました。


(20121013)

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